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日本ミステリー文学大賞新人賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

日本ミステリー文学大賞新人賞

今回は、五月十日締切(消印有効。四百字詰換算で三百五十?六百枚)の日本ミステリー文学大賞新人賞を論じることにして、まずは第十七回の大賞受賞作『代理処罰』(嶋中潤)を取り上げる。

巻 末にブラジルおよびポルトガル語に関する謝辞が載っていたので、嶋中はブラジルに行った経験がないのだろうと思ったが、案の定で考証ミスが多々あった。主人公の妻のエレナの国籍について二重国籍云々と書かれているが、ブラジルは国籍を抜けることができないので、日本の国籍を取得すれば必然的に二重国籍とな る。また、ブラジルの日系人は、基本的に日系人同士でしか結婚しないので家庭内での会話は日本語で、しかも日本語の新聞が発行されて購読しているので、読 み書きはできる。

私がブラジルに取材に行った時に日本語の流暢な日系人に会ったので、一世かと思ったら「私は、三世です。日本に行ったことはありません」というので驚いた。

そういう観点で読むと『代理処罰』には考証間違いに基づく矛盾点が散見されるのだが、選考委員にも編集者にもブラジル通の人がおらず、見逃されたのだろう。 当講座で何度か書いていることだが、要は「選考委員にバレなければ嘘を書いても構わない」ということなのだ。『代理処罰』は取材不足による意図せぬ嘘だろうが、ミステリーの場合には意図的に嘘を盛り込まないとトリックが成立しない状況が往々にして起きる。

その場合は「このトリックの嘘を見抜く選考委員がいるか否か?」を選考委員の経歴を調べて書く必要がある。選考委員が嘘に気づいたら、シラケる。選考委員のシラケ=落選だと思っていれば間違いない。私は『代理処罰』を読んでいて、正直なところ、何カ所かでかなりシラケた。

中身に踏み込むと『代理処罰』は身代金誘拐事件ものである。これは本格ミステリーとしては人気のあるジャンルで、どうやって犯人が被害者の家族から身代金を奪取するかにエンターテインメントとしての醍醐味がある。既存作のトリックは全く使えないから極めてハードルが高い。

しかし、読めども読めども、犯人の要求の中に新奇の本格トリックを匂わせるものが出てこない。

そうすると、この犯人の真の狙いは身代金の奪取にはないのではないか、というオチが読めてくる(ここ以降、ネタバレになるので未読の人は注意を)。犯人は身代金の持参人に母親を指定してくる。ところが、その母親はブラジルに帰国していて、連絡が取れない状態になっている。

犯人にとって身代金はどうでも良いのであれば、母親をブラジルから帰国させることが目標--となれば、この事件は被害者の自作自演の虚偽誘拐ではないか、という展開が見えてくる。

主人公がブラジルに行き、犯人(実の娘)の指定した期日までに何とか母親を説得して日本に連れ帰ることができるか? という時間との競争をハードボイルド的 に盛り込むことで伏線の弱さを補強しているが、この補強を「上手く行っている」と見るか「姑息な誤魔化し」と見るかで評価は真っ二つに割れるだろう。

ブラジルに行った経験がない人が読めば、目新しさに引きずられる可能性が高く、前者の評価に傾く。私はブラジル事情の細部の間違いに引きずられたせいで、どうしても評価は、後者になった。

『代理処罰』が駄作だと貶しているわけではない。新人賞を射止めようと思ったら、選考委員の知識に基づく「先入観」の部分まで深読みする必要がある、ということを指摘したいのである。

身代金の受け渡し場所に、犯人の指定した母親に変装した婦人警官が赴くのだが、そこへ犯人が現れる。身代金誘拐事件の醍醐味は身代金授受の瞬間に一つのポイ ントがあるのだが、何のミス・ディレクトもなしに犯人が姿を見せてしまっては、興醒めである。犯人は被害者の自作自演と最初から読めていれば、婦警の正体 が一発でバレても全く不思議ではない。

もっとも『代理処罰』の真の狙いは「やむを得ない事情によって引き裂かれた家族再会のための感動ドラマ」にあって、その点に関しては、まずまずの出来映えなのだが、誘拐事件ミステリーのほうが早々に裏が読めてしまっては、感心しない。

自作自演する犯人(被害者)の女子高校生の知恵が、非常に狡猾な部分と浅知恵の部分がキメラ状に混在しているのが原因なわけだが、この部分も深読みすると「キャラの不統一」と見なすことができる。

つまり、『代理処罰』はプロット以前の、登場人物の性格設定の煮詰めが不十分だと考えられる。

このあたりにポイントを置いて分析しつつ読めば『代理処罰』はビッグ・タイトルの新人賞を狙うための〝傾向と対策?本として大いに役立つはずである。

 文学賞別の添削講座がスタート!

 若桜木先生が、日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞するためのテクニックを教えます!

 日本ミステリー文学大賞新人賞講座

 受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた!

 あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!

 あらすじ・プロット添削講座

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

日本ミステリー文学大賞新人賞(2015年5月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

日本ミステリー文学大賞新人賞

今回は、五月十日締切(消印有効。四百字詰換算で三百五十?六百枚)の日本ミステリー文学大賞新人賞を論じることにして、まずは第十七回の大賞受賞作『代理処罰』(嶋中潤)を取り上げる。

巻 末にブラジルおよびポルトガル語に関する謝辞が載っていたので、嶋中はブラジルに行った経験がないのだろうと思ったが、案の定で考証ミスが多々あった。主人公の妻のエレナの国籍について二重国籍云々と書かれているが、ブラジルは国籍を抜けることができないので、日本の国籍を取得すれば必然的に二重国籍とな る。また、ブラジルの日系人は、基本的に日系人同士でしか結婚しないので家庭内での会話は日本語で、しかも日本語の新聞が発行されて購読しているので、読 み書きはできる。

私がブラジルに取材に行った時に日本語の流暢な日系人に会ったので、一世かと思ったら「私は、三世です。日本に行ったことはありません」というので驚いた。

そういう観点で読むと『代理処罰』には考証間違いに基づく矛盾点が散見されるのだが、選考委員にも編集者にもブラジル通の人がおらず、見逃されたのだろう。 当講座で何度か書いていることだが、要は「選考委員にバレなければ嘘を書いても構わない」ということなのだ。『代理処罰』は取材不足による意図せぬ嘘だろうが、ミステリーの場合には意図的に嘘を盛り込まないとトリックが成立しない状況が往々にして起きる。

その場合は「このトリックの嘘を見抜く選考委員がいるか否か?」を選考委員の経歴を調べて書く必要がある。選考委員が嘘に気づいたら、シラケる。選考委員のシラケ=落選だと思っていれば間違いない。私は『代理処罰』を読んでいて、正直なところ、何カ所かでかなりシラケた。

中身に踏み込むと『代理処罰』は身代金誘拐事件ものである。これは本格ミステリーとしては人気のあるジャンルで、どうやって犯人が被害者の家族から身代金を奪取するかにエンターテインメントとしての醍醐味がある。既存作のトリックは全く使えないから極めてハードルが高い。

しかし、読めども読めども、犯人の要求の中に新奇の本格トリックを匂わせるものが出てこない。

そうすると、この犯人の真の狙いは身代金の奪取にはないのではないか、というオチが読めてくる(ここ以降、ネタバレになるので未読の人は注意を)。犯人は身代金の持参人に母親を指定してくる。ところが、その母親はブラジルに帰国していて、連絡が取れない状態になっている。

犯人にとって身代金はどうでも良いのであれば、母親をブラジルから帰国させることが目標--となれば、この事件は被害者の自作自演の虚偽誘拐ではないか、という展開が見えてくる。

主人公がブラジルに行き、犯人(実の娘)の指定した期日までに何とか母親を説得して日本に連れ帰ることができるか? という時間との競争をハードボイルド的 に盛り込むことで伏線の弱さを補強しているが、この補強を「上手く行っている」と見るか「姑息な誤魔化し」と見るかで評価は真っ二つに割れるだろう。

ブラジルに行った経験がない人が読めば、目新しさに引きずられる可能性が高く、前者の評価に傾く。私はブラジル事情の細部の間違いに引きずられたせいで、どうしても評価は、後者になった。

『代理処罰』が駄作だと貶しているわけではない。新人賞を射止めようと思ったら、選考委員の知識に基づく「先入観」の部分まで深読みする必要がある、ということを指摘したいのである。

身代金の受け渡し場所に、犯人の指定した母親に変装した婦人警官が赴くのだが、そこへ犯人が現れる。身代金誘拐事件の醍醐味は身代金授受の瞬間に一つのポイ ントがあるのだが、何のミス・ディレクトもなしに犯人が姿を見せてしまっては、興醒めである。犯人は被害者の自作自演と最初から読めていれば、婦警の正体 が一発でバレても全く不思議ではない。

もっとも『代理処罰』の真の狙いは「やむを得ない事情によって引き裂かれた家族再会のための感動ドラマ」にあって、その点に関しては、まずまずの出来映えなのだが、誘拐事件ミステリーのほうが早々に裏が読めてしまっては、感心しない。

自作自演する犯人(被害者)の女子高校生の知恵が、非常に狡猾な部分と浅知恵の部分がキメラ状に混在しているのが原因なわけだが、この部分も深読みすると「キャラの不統一」と見なすことができる。

つまり、『代理処罰』はプロット以前の、登場人物の性格設定の煮詰めが不十分だと考えられる。

このあたりにポイントを置いて分析しつつ読めば『代理処罰』はビッグ・タイトルの新人賞を狙うための〝傾向と対策?本として大いに役立つはずである。

 文学賞別の添削講座がスタート!

 若桜木先生が、日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞するためのテクニックを教えます!

 日本ミステリー文学大賞新人賞講座

 受賞できるかどうかは、書く前から決まっていた!

 あらすじ・プロットの段階で添削するのが、受賞の近道!

 あらすじ・プロット添削講座

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。