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第25回「小説でもどうぞ」佳作 回送のタクシーにて ササキカズト

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結果発表
第25回結果発表
課 題

幽霊

※応募数304編
回送のタクシーにて 
ササキカズト

 カンカンカンと鳴りだした踏切。遮断機が下り始め、そのタクシーは止まった。
「二十時半の列車だな。最終だ」
 助手席に座るぼくに、運転手さんが言った。
「もうすぐ廃線になるらしいね。このへんは、たいした観光スポットもないしね」
 この踏切にも、ぼくを乗せてくれた、このタクシー一台だけが、ぽつんと待っている。
 突然、バンという音が聞こえた。ボンネットに片手をついて、運転席を覗き込むように太ったおじさんが立っていた。おじさんは窓の隙間から、「乗せてもらえないかな、山城公民館までなんだけど」と言った。
「ご覧のとおり回送ですが、通り道だし、いいですよ」と、運転手さん。おじさんが後ろの席に乗ってきた。
「助かったよ。車壊れちゃっててさ。最終列車、今行っちゃっただろ。タクシー呼ぶしかないって思ってたとこだったんだよ」
 遮断機が上がり、タクシーが踏切を渡る。道は左に大きくカーブしていて、線路に沿って道が続いている。あたりは畑か山林ばかりで、家とか店はたまにしか見あたらない。
「俺、先週あの踏切で事故っちゃったんだ」
 太ったおじさんが、少し暗い感じになって、運転手さんに話し始めた。
「カンカンって鳴りだしたのに、無理して渡ろうとしたら、踏切にとじこめられちゃって」
「大変じゃないですか」
「遮断機の棒なんて構わず進めばよかったのに、俺テンパっちゃってさ。電車が近づくまで、そのまま線路内の車にいたんだ」
「ええ? それでどうなったんですか?」
「気がついたら、線路の横の草むらにいてさ。歩きにくいなあって思ったら、ないんだよね、俺の右足。太ももからごっそりなくなっちゃって。今日も探してたんだけど、ぜんぜん見つからないんだ」
 車内が一瞬、シーンとなった。
「あのねえ、お客さん。両足ちゃんとあるでしょうが」
「あーははは。バレた? でも、ちょっと怖かったでしょ。俺、怖い話好きでさ。あ、踏切で事故ったのは本当。遮断機の横の柵にぶつけちゃった。線路の外側でね」
 そのとき突然、タクシーが急停車した。
「びっくりしたあ」と、運転手さん。赤いワンピースの女の人が、長い髪の毛をびっしょりと濡らして、車の前に立っていた。運転手さんは車を降り、何か話しかけていたけど、女の人を後ろの席に座らせた。
「いったいどうしたの」と、おじさんが、横の席から顔を覗き込むようにして聞いた。
「何も喋らないんですよ」と、運転手さん。
 車内にハザードランプの音だけが聞こえていた。長い髪で顔はよく見えないけど、泣いているのはわかった。小さな溜息をついて、女の人は話を始めた。
「ケンカしたんです、旦那と。結婚して一か月にもなるのに、私のことを元カノの名前で呼んだんです。私、許せなくて……」
「まさか、旦那に何かしたんじゃ……」
「いえ。うちを飛び出してきただけです」
「で、何でびしょ濡れなの?」と、おじさん。「お風呂に入ってたんです。いっしょに」
「ラブラブじゃねーか。仲直りしろや」
 家は五百メートルほど先だというので、このまま送ることになった。
 少し走ると、タクシーはまた急停車した。
「何なんだ今日は!」と、運転手さん。
 今度は道路の真ん中を、よろよろとお婆さんが歩いていた。ぼさぼさの白い髪。よれよれの寝間着姿だ。また車に乗せたので、後部座席は三人になった。
「ボケちゃってるみたい」と、運転手さん。
「バアさん、名前は?」と、おじさんが聞く。
 お婆さんが小声で「のろはれてる……」。
「何? 呪われてる?」
「のろはらてる!」と、大きな声で言うお婆さん。赤い服の女の人が、お婆さんの襟元を見て言った。
「名札つけてます。のろはら・てる。野呂原テルさんです」
「なんだ、名前かよ……」と、おじさん。
 電話番号もあったので連絡し、送っていくことになった。女の人の近所だそうだ。
 運転手さんが、助手席のぼくに言った。
「悪いね。君のおうちの、更科旅館に送っていくの最後だから、遅くなっちゃうね」
「運ちゃん……、誰に言ってるの?」
「誰って、助手席のこの子。踏切の手前の橋で乗せたんですよ。暗いのに一人で歩いていたから。聞いたら小学三年生で、更科旅館に歩いて帰るって。放っておけなくて……」
「待ってよ、運ちゃん……。更科旅館は、十年前に潰れてるよ。当時息子が川でおぼれて……踏切前の橋の下で遺体が見つかったんだ」
「なになに! 怖いんだけど!」と、女の人。
 僕は、運転手さんに顔を近づけて言った。
「皆には見えてないみたいよ、ぼくのこと」
(了)