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第25回「小説でもどうぞ」佳作 玲子はいろんな人とルームシェアをしている。 富士川三希

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結果発表
第25回結果発表
課 題

幽霊

※応募数304編
     玲子はいろんな人とルームシェアをしている。 
富士川三希

 部屋のドアを開けると、この日最後の西日がひとすじ廊下に射し込んだ。
「ただいまぁ、みゆきさん」
 ドサリ、とスーパーの袋を玄関に置き、奥の部屋に声を掛けると、みゆきが顔だけのぞかせた。
「おかえり、玲子」
 玲子はパンプスを脱ぐと、チェスターコートを廊下のハンガーに掛けた。
「あ、またお惣菜」
 袋から野菜を取り出し冷蔵庫に入れていると、寄って来たみゆきが呆れ顔で袋を覗いた。
「だってこの時間は安いし、ついね買っちゃうんだよ」
 玲子はローテーブルにお惣菜を並べてパックの蓋を開ける。
「で、彼とはどうなの?」
 玲子は待ってました、と言わんばかりににやりとみゆきの質問に答えた。
「良い感じ」
「ほんと! 良かった」
 目を輝かせるみゆきを見て、玲子はずいっと顔を近づけた。
「実はね、明日家に来るの。会ってくれるでしょ」
「え、もう? 心の準備が」
 みゆきは目を閉じゆっくりと深呼吸した。
「もー、なに緊張してるの、みゆきさん」
「だって、いろいろおもてなしするって決めていたんだもの。うふふ、明日が楽しみだわ」
「でしょ。明日、駅前まで彼を迎えに行って来るね」

 玲子は駅前で彼を見つけ手を振った。
「崇さん」
 崇は笑って右手に持っていた箱を見せた。
「ケーキ買ってきたんだ。ちゃんと友達の分もあるよ。部屋で一緒に食べよう」
「やったぁ!」
 玲子はこっち、と崇の腕を少し引っ張るように歩いた。
「……この、アパート?」
 十数分後、三階建てアパートの前でぽつりと呟いた崇を見上げた玲子は目を丸くした。
「どうしたの? 顔真っ青だよ。気分悪い?」
「……い、いやぁ」
「早く部屋に入ろうよ。ちょっと横になった方がいいよ」
 重い足取りの崇を連れ、アパートの無機質な階段を上る。部屋のドアの前に着くと玲子は鍵を開け、どうぞ、と崇を先に入らせた。
 崇が薄暗い玄関の電気のスイッチを押したのと、やけに大きな音を立てて玲子がドアを閉めたのは同時だった。
 次いで金属を擦り合わせたような崇の悲鳴が上がった。
 目の前にみゆきの顔があったのだ。
「いらっしゃい」
 崇が持っていたケーキの箱がぼとりと床に落ちる。
「……なんで」
 崇はかすれた声で呟いた。
「奥さんは元気かしら?」
 崇の目の前でみゆきは可愛らしく首を傾げる。
「なんで。なんでお前が。……お前は、死んだって聞いたぞ」
「ええ、あなたが二股してた挙句、私を捨てて結婚したって聞いた時は辛かったわ。私にも結婚しようって言ってたのにねぇ」
 崇は声を震わせながらドアを振り向く。
「れ、玲子! どうなっているんだ」
 動揺の色が見える崇を、玲子はドアを守るようにして冷めた目で見た。
「私の友達を紹介したいって言ったじゃないですか」
「ひっ」
 崇は肩に置かれたみゆきの手の感触に飛び上がり、玄関で腰を抜かした。
「みゆきっ、悪かった! すまん、許してくれ。助けてく――」
 崇の弁明する声は意味を介さない叫び声に変わった。

「玲子、手伝ってくれてありがとう」
「いいよ。これも仕事の内だから」
 ぐしゃぐしゃの泣き面の崇が走り去る様子を二人でベランダから見送ると、みゆきは玲子の肩をぎゅっと引き寄せた。
「この半年間、玲子が引っ越してきてくれて、話をいっぱい聞いてくれて嬉しかった。ありがとう」
 ふっ、とみゆきの気配が消えた。
「うん。おつかれさまでした」
 玲子は宙に向かって笑いかけると、会社携帯を取り出した。
「お疲れ様です。……はい、はい、ええ、みゆきさん無事成仏されました。次は三日後にK区の物件ですね」
(了)