公募/コンテスト/コンペ情報なら「Koubo」

第25回「小説でもどうぞ」佳作 タクシー・ドライバー 中臣モカマタリ

タグ
小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
結果発表
第25回結果発表
課 題

幽霊

※応募数304編
タクシー・ドライバー 
中臣モカマタリ

 はい、幽霊を乗せたことはあります。厳密には幽霊っていうのかな、よくわかんないですけどね。ま、人間じゃないっていう点では、そうなのかな。
 まだ若かったですね、あれ、俺が二十五、六の頃だったかな。前の仕事がうまくいかなくて、給料はコンビニでバイトしているのと同じぐらいだぜ、っていわれはしたんだけど、まだタクシーの運転手のほうが、気がまぎれるかなって。くさっているよりも、いいかなって。車、ころがすの好きだったし。それで、始めて三か月目ぐらいだったですかね。夜にね、若い女の人を乗せた。顔はよく分からなくて、白い感じで、あ、もしかしたらこれ、乗っている間に消えて水が残るってあれかな、って思いましたね。
 泣いてるんですよ。それも、ずっと。どこまでいきましょうか、っていうと、一万円札渡されて、どこでもいいから海辺にっていう。それで、海岸までいきましたよ。途中で消えてしまわないか、しょっちゅうバックミラー見てましたけどね。

 海岸についたら、にいさん、わるいけど、少しだけ一緒にいてほしい。変なことはしないから。一人でいると、つらくて死んでしまいそうだから、なんていうもんだから、これ、やくざの女とかだったらしゃれになんねえな、でも、おれゆすっても、金ねえしな、と思って、いいっすよって車を駐車場に入れて、海岸のベンチで一緒に黙って座っていてやってたんですよね。一時間ぐらいかな。ずっと泣いてた女が泣きやんで、ありがとう。もう大丈夫だから帰っていい、お釣りはいらないって。
 だから、俺、帰ったんだな。相手の顔ですか? 暗くてよくみなかったな。まあ、あとでこの女とどうにかなろうなんていうのも、なかったしね。

 で、そのあとしばらくは、そんなに変化なく過ごしてた。それだけなら、人間の女だと思ってたですね。そしたらね。あれ、それから何度目の夏だったかな。そうそう、七月の六日にね、つまり、七夕の前の日にね、俺ももう疲れてきて、夜に、車とめて、ああ、つまんねえな、人生って言ったんですよね。そうしたら、どう説明したらいいのかわからないけど、大勢から見られてるような気がしてね。なんだかぼうっとなっちゃった。
 それで、女性のアナウンサーっていうのかね、レポーターっていうの? それがマイク持ってね、テレビカメラみたいなものに向かって、ああ、よかった。とうとう見つかりました、なんてことをやっている。撮影のクルーみたいなのがついていてさ、そいつらもそのことを喜んでいるみたいなんだ。で、見つかったというのが、どうも俺のことみたいでさ。で、目が覚めた。運転席のシート倒して、駐車場で寝てたんだ。ああ、夢かと思ったんだけど、えらくリアルな記憶なのね。
 次の日からだよ。遠距離の客がどんどんつくようになった。それから今の嫁さんと出会えた。自転車に乗ってた嫁さんが車にぶつけられて、でもその運転手のおっさんが逆ぎれしてたから、通りかかった俺が助けに入ってからつきあいがはじまったんだよね。

 でね、おれなりに考えた。ほら、テレビ番組であるだろう。視聴者が依頼して、昔お世話になったひとに会いたいって探偵みたいなのが探し出すのが。あれじゃないかなって。
 だから、あの時乗せた女は、霊界かなんかの人でさ、そっちのほうでもそんな番組があるんだよ。よくわかんないけど、幽霊にも恩返しみたいな感覚があってさ。あのとき、海岸につれていって、一緒にいてやったのを、彼女としては感謝してくれていた。それを、まあ、お礼がしたい、みたいなことだったんじゃないかなって。

 まあ、俺がさ、お客さんへのサービスがいいって表彰されたり、逆に、売り上げに結びつかないことやるなって所長にどやされたりしてるのは、まあ、そんな経験があったからかな。
 あ、ここでいいっすか? 一万円ですね。ありがとうございます。

 二千百八十円のお釣りです、って、ほらまた消えた。今月、これで三人目だな。
(了)