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物語の型カタログ4:海外文学に学ぶ物語の型

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騎士道物語からノワールまで

海外文学でまず参考にしたいのは、12世紀から16世紀にかけてヨーロッパ各地で流行した騎士道物語です。
その典型は、「騎士がいて、困っている貴婦人と出会う。聞けば怪物に襲われるかもしれないと。そこで騎士は怪物を退治し、貴婦人とも結ばれる」という単純サクセスストーリーです。
騎士道物語は16世紀が全盛です。その後、17世紀には、騎士道物語を読み過ぎて頭がおかしくなったセルバンテスを主人公とした『ドン・キホーテ』が書かれます(これを近代小説の祖と見る向きもあります)。
同じ頃、セルバンテスのスペインではピカレスク・ロマンが書かれます。こちらは騎士道物語とは真逆の小説で、騎士道物語であれば懲らしめられてしまう立場の悪漢が主人公となっています。しかも、本格小説なら三人称で書かれるところ、ピカレスク・ロマンは一人称で書かれていました。
それから一気に百年以上飛びますが、ピカレスク・ロマンの影響もあり、第一次大戦後の1920年代、アメリカでハードボイルド小説が生まれます。それは第二次大戦後、フランスでロマン・ノワールとなります。ロマン・ノワールは一人称ではありませんが、人間の暗部を描くというところは踏襲しています。
同じ題材でも、誰を主人公にするかによって話は変わってきますし、騎士道物語風にするか、それともノワール風にするかでは全く印象が変わってきますね。

海外の様々な小説の形式

少し時間を巻き戻すと、17世紀頃にフランスで心理小説が生まれます。特に恋愛を扱ったものが多く、しかも、純愛ものなどではなく、ほとんどがどろどろとした貫通小説でした。
心理小説は人物の行動について分析的に解説します。それゆえ、男女とも幼稚というわけにはいきませんし、かといってともに〝大人〟では物語が進みにくいため、たいていは分別のある貴婦人と未熟な若者が恋に落ち、しかし、いつまでも不倫が許されるわけもなく最後には別れるというストーリーになっています。
三角関係は神話の昔からあり、夏目漱石の『三四郎』や『行人』などでも扱われています。志賀直哉の『暗夜行路』もそうでした。道義的にはともかく、人間の感情がむきだしになる不倫というものは、物語の定番のテーマでもあります。
フランスで心理小説が生まれた頃、お隣のイギリスでは大陸から渡ってきたピカレスク・ロマンが読まれ、やがて廃れます。その後、18世紀にホレス・ウォルポールによって『オトラント城奇譚』が書かれます。これはゴシック・ロマンの先駆的作品です。
また、ドイツでは18世紀~19世紀にかけて、ゲーテの『ヴィルヘルム・マイスターの修行時代』(1796年)といった教養小説や、同じくゲーテの『若きウェルテルの悩み』(1774年)といった一人称のイッヒ・ロマンが生まれます。
その後、19世紀初頭のイギリスでは、ジェーン・オースチン『高慢と偏見』、シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』といった写実主義が書かれ、1857年、フランスのフローベールは『ボヴァリー夫人』を発表、写実主義文学を確立します。写実主義の誕生は近代小説とそれ以前を分けるエポックでした。

インプットがあればこそ

非常に大雑把に海外文学をまとめてしまいましたが、西洋近代文学史と日本近代文学史を比べてみると、物語批判から写実主義が始まり、それに飽きると物語に回帰してと流れがよく似ています。
というより、明治以降、日本の文学者はせっせと海外文学を翻訳し、そのつど、文学理念も形式も輸入(模倣)していったのです。
「なんか今、フランスではこんな小説がウケてるらしいけど、それならその向こうを張って、こんなの書いてみよう」的な作品もあったでしょう。
実際、西洋の文学史にある写実主義、ロマン主義、自然主義、心理小説、教養小説などはそっくりそのまま日本の文学史にもあります。
そう言えば、ガルシア・マルケスが『百年の孤独』でノーベル文学賞を獲ったあと、中上健次は『千年の愉楽』を書いたのでした。高橋源一郎のデビュー作『さようならギャングたち』にはカート・ヴォネガットの影響が見られますし、村上春樹の文体もレイモンド・チャンドラーやレイモンド・カーヴァーなしでは成り立たなかったでしょう。
というように、インプットがあって初めてアウトプットがあるわけです。

物語の型

騎士道物語

12~16世紀、中世ヨーロッパで発展した文学形式。内容は、騎士が見知らぬ土地を旅し、ドラゴンや巨人など強敵と戦うことで美しい貴婦人を助けるというものが多い。
騎士道小説は、文書と言えばラテン語が普通だった時代に口語であるロマンス語(フランス語など)で書かれていたため、そのままロマンと呼ばれ、冒険、恋愛を扱ったものが多かったことから、転じて冒険や恋愛のこともロマンスと言うように。
騎士道物語は波乱万丈で荒唐無稽な冒険譚、恋愛譚が多い。『ドン・キホーテ』はこのパロディー。

ピカレスク・ロマンス

16世紀~17世紀、スペインで生まれた小説の形式。騎士道物語とは正反対の悪漢譚。のちのミステリー、
犯罪スリラー、ハードボイルドにも影響を与えたジャンル。
下層出身者で社会寄生的存在の主人公が、日常を舞台に、生きるため食べるために罪を犯し、いたずらをする。一人称の自伝体で書かれ、ユーモアがある。社会批判的、諷刺的、写実主義的傾向を持つ。
ピカレスクの語源となったピカロは悪人という意味だが、単なる犯罪者ではなく、愛すべき悪漢。憎めない悪漢。アンチヒーロー。

恋愛心理小説

17世紀末、ラファイエット夫人が書いた『クレーヴの奥方』が祖と言われる。貫通小説。騎士道物語の恋愛譚とは違い、現実的、分析的。プレヴォー『マノン・レスコー』、
ラクロ『危険な関係』などを経て、スタンダール『赤と黒』によって確立。レイモン・ラディゲが『クレーヴの奥方』を換骨奪胎した『ドルジュル伯の舞踏会』もある。
純朴で情熱的、世間知らずな若い青年が、高貴で知的で分別のある人妻に恋して結実させるが、やがては飽きられるなどして破局を迎えるのが定番。人間の分析に主眼がある。

ゴシック・ロマン

18世紀から19世紀にかけてヨーロッパで流行した小説。神秘小説、幻想小説。現在のサスペンス、ホラーの源流。イギリスのホレス・ウォルポール『オトラント城奇譚』が先駆で、ほか、『フランケンシュタイン』、『ジキル博士とハイド氏』、『ドラキュラ』などが有名。
中世のゴシック建築の古城や大きな屋敷などを舞台に、信仰・伝承・迷信を描いた幻想的な小説、または幽霊や怪物など超自然的なものを描いた怪奇小説。おどろおどろしい面はあるが恋愛の要素もあり、最後はハッピーエンドで締めくくられる。

ビルドゥングス・ロマン

教養小説と訳されるが、教養溢れる小説ではなく、若者である主人公が様々な体験を積み重ねながら内面的に成長し、自己形成をし、人格を発展させていく過程を描いた小説、成長物語。大河ドラマのように幼少期から没するまでを描き、精神的に未熟だった主人公がだんだんと大人になっていく過程を描く。
ドイツで成立したジャンルで、伝奇形式。代表作にトーマス・マン『魔の山』、ヘッセ『デミアン』、下村湖人『次郎物語』、山本有三『真実一路』など。西洋では主流と言っていいが、日本では作例は少ない。

イッヒ・ロマン

19世紀の初頭にドイツで流行した文学形式。イッヒ(Ich)は英語の「I」で、「私」という意味。三人称で語ることが多かったヨーロッパの文学にあって、主人公が一人称で自身の体験や生活を語った。ゲーテ『若きウェルテルの悩み』が有名。
一人称小説とも言うが、「主人公=作者」ではなく、日本独自の私小説とは違う。
一人称で書くと、本当にあった話(実体験)であるかのような印象が出る。告白調で書く小説に向いている。ただし、主人公の視点でしか書けないので話は小さくなる。

ハードボイルド小説

20世紀の始めにアメリカのパルプ・マガジン「ブラック・マスク」誌に掲載されたタフで非情な主人公たちの物語が原型。一人称小説。ハメットは、簡潔で客観的な行動描写で主人公の内面を表現し、ハードボイルドスタイルを確立。それは円の外側を黒く塗るようなもの。書いているのは外側だが、浮き彫りになるのは円(心)の中。従来の思考的探偵に対して、行動的でタフな探偵を登場させ、のちに私立探偵ものに発展するが、文体だけを踏襲した犯罪小説の流れもある。たとえば、『郵便配達は二度ベルを鳴らす』。

ロマン・ノワール

ロマンは「小説」、「ノワール」は「黒」。「黒の小説」「暗黒小説」と呼ばれる。ハードボイルドの影響を受け、第二次大戦後のフランスで発展したジャンル。
ハードボイルドと違い、犯罪者のほうを主人公とすることが多い。暗黒街を舞台に暴力と欲望(主にセックス)を描いた作品が多いが、普通の人が殺人を犯してしまう、転落していくという人間や社会の暗黒の部分を描いたものもある。たとえば、桐野夏生の『OUT』がそう。基本的にはミステリーの一つだが、推理色は少ない場合が多い。

 

※本記事は「公募ガイド2012年10月号」の記事を再掲載したものです。