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第30回「小説でもどうぞ」 最優秀賞 アナは名探偵 鹿石八千代

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第30回結果発表
課題

トリック

※応募数237編
アナは名探偵 
鹿石八千代

 その日も母親のエマはベッドの中で、愛娘のアナにお話を聞かせていました。
「ママ、今日のお話はなあに?」
「そうね、『オオカミ少年』のお話にしましょうね」
「どんなお話?」
「ウソをついてはいけない、ってお話よ」
 毎夜、アナは母親エマのお話を聞きながら眠るのが常でした。

 ――昔々、あるところに羊飼いの少年がいました。毎日の羊番に飽きた少年は退屈でしょうがありません。ある日、少年はイイコトを思いつきました。
「オオカミが出たぞ!」
 と村中に大声でふれ回ったのです。すると、村中の人々が大慌てで家から出てきました。でも、それは少年の真っ赤なウソでした。少年は、その村人達の慌てぶりをみて楽しんでいたのです。村人達は口々に怒りました。
「なんだ、オオカミなんかいないじゃないか!」
 これに味を占めた少年は次の日もウソをつきました。村人達は半分、ウソかもしれないと思いながらも、また外に出たのです。しかし、やはりオオカミはいませんでした。
「やっぱりウソだったんだな! あのウソつき少年めが」
 村人達の怒号が響き渡りました。
 ところが次の日、今度は本当にオオカミが現れたのです。驚いた少年は慌てて大声で叫びながら村中にふれ回りました。
「オオカミが出たぞ!」
 しかし村人達は「また少年のウソに決まっている」と誰も助けに来てくれませんでした。結局、少年はそのままオオカミにたべられてしまいました。――

 いつもだったら途中で寝てしまうアナが、この夜は珍しく最後までお話を聴いていました。そしてつぶやきました。
「ママ、ウソをつくとコワイのね……」
「そうよ。ウソばかりついていると、本当に困ったときに誰も信じてくれなくなるのよ」
「ママ、私、これからはなんでも正直に話すわ」
「そうよ、アナ。ママだけには全て本当のことを話して頂戴ね」
 愛しいアナのほおに優しくキスをしたエマ。しかしアナは少し思いつめた表情で尋ねました。
「ママ、そのお話は昔からあるの?」
「そうよ、大昔からある有名なお話よ」
「じゃあ、誰が最初にそのお話を伝えたの?」
「だ、誰って?」
 エマはアナの質問の、その意味がよく分かりませんでした。
「ママ、少年はオオカミにたべられて死んでしまったんでしょう? このお話ではオオカミをみたのは少年だけよね。村人達は結局、誰一人、オオカミをみていないのよね。少年は死んでしまって、お話を伝えるのは無理。じゃあ、いったい誰がこのオオカミの話をみんなに伝えたのかしら?」
 そこでエマもやっと意味が飲み込めました。しかしエマは答えに窮してしまいました。
「誰って? でも他には……」
「ママ、他に誰かもう一人、少年以外にこのお話の全てを知っている人がいたんじゃないかしら? その人が村人みんなに伝えたんじゃない?」
「た、確かにそう言われると……」
 もともとアナは幼少の頃から利発な子でした。
「ママ、ひょっとしたら、それは少年のお父さんじゃない?」
「お、お父さん?」
「ウン。少年のお父さんが、ある日、羊番をしている息子を驚かそうと、オオカミの格好をして少年の前にわざと現れたんじゃないかしら?」
「……」
 利発とは言え、この年齢でここまでの想像力が働くのか? とエマは驚いて言葉が出ませんでした。
「ママ、それともお父さんが変装したんじゃなくて、少年にウソをふれ回るように命令したのかもしれないわ」
「め、命令って? お父さんが少年に『オオカミが出た、と村中にウソをふれ回れ』と命令したの?」
「ママ、きっとそうよ! 少年は父親に命令されて、仕方なくウソをふれ回ったのよ」
「オオカミが出たって?」
「そうよ、ママ。そして次の日も、父親が同じ命令をしたんだわ」
「じゃあ、少年の仕業ではなく、父親の仕業だった、ってこと?」
「きっとそうなのよ、ママ。少年は父親が恐くて、仕方なく命令に従っただけだったのよ」
「でも、その次の日は、少年は本当にオオカミにたべられちゃったのよねえ?」
「ママ、それは村の人々は誰もみていないのよ。それが父親のトリックだったのよ」
「ト、トリック? なんのトリック?」
 エマは眉をつり上げながらうわずった声をあげました。
「少年を殺すためのトリックよ。きっと父親が少年を殺して、いもしないオオカミのせいにして話を広めたんだわ。全部、最初から父親の考えた計画だったのよ。村人達は『少年はオオカミにたべられてしまった』と思いこんだに違いないわ。でも、それが父親のトリックだったのよ。自分の罪をウソの話でごまかす、トリックだったのよ」
 まるでドラマの名探偵のような、あまりに突拍子もない、しかし理にかなったアナの推理に、エマは愕然とし恐怖すら覚えました。
「で、でも、どうしてお父さんが息子を殺さなくちゃいけなかったの?」
「ママ、多分、少年はお父さんにイタズラされていたんじゃないかしら? 我慢できなくて、きっと少年はお父さんにいったのよ。『やめないとお母さんに本当のことを話す』って。それに怒ったお父さんは、自分のイタズラがバレないように少年を殺したのよ」
 耳を疑うようなアナの話に、エマはヒステリックに聞き返しました。
「で、でもなぜ? どうして、そう思うの?」
「だってママ、私もパパに……」
「えっ! な、なんですって?!」
 ――その後、エマの通報から「娘への性的虐待の罪」で父親は逮捕されました。「オオカミ少年」の教訓のお陰で、アナはやっと真実を語る勇気を得たのでした。
(了)