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第30回「小説でもどうぞ」佳作 叙述トリック 優子

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小説でもどうぞ
第30回結果発表
課 題

トリック

※応募数237編
叙述トリック 
優子

 昼休憩を告げるチャイムが鳴って、早紀は自分の席でさっとランチを済ませると、急ぎ足で部屋を出た。階段を駆け上がり屋上に続く重い扉を開けると、雲一つない青空が目の前に現れる。裏手に回ると、優菜と美月がベンチに腰かけていた。
「おそいよぉ早紀」
 優菜が唇を尖らせる。早紀はごめんごめんと笑いながら二人の隣に座った。
「で、ニュースって何よ?」
 美月が優菜を急かす。優菜からの『ニュース!お昼休みにいつもの場所で』というメールで、早紀と美月は屋上に呼び出されたのだ。
「実はね、好きな人できたんだ」
「まじ?」
 早紀と美月の声がユニゾンする。
「山本君なんだけど」
 優菜が声を潜めてその名前を口にした途端、美月が思いっきり眉をひそめた。
「うげ。あの顔だけ良い男? 出世しなさそうな?」
「美月はそう言うと思ってた」
 優菜にとって美月の反応は想定内だったようで、さして気にする様子もなく手提げバッグから鏡を取り出した。優菜は前髪をつまみ、鏡とにらめっこしながら続ける。
「あのねぇ、結局見た目が一番大事なの」
「ほんと優菜の価値観って子供っぽい」
 美月が大げさにため息をつくと、優菜が頬を膨らませる。
「ね、最近美月はどうなの?」
 不穏になりそうな雰囲気を変えようと、早紀はあわてて話に割って入った。
「ほら、前に英語教室で知り合った子といい感じだって言ってたじゃん」
 美月はお稽古マニアだ。ダンスや英会話なんかの習い事でアフターファイブの予定はたいてい埋まっている。
「ああ、あの子。話しててもつまんなくってもう絡んでない」
 美月は足を組みなおす。すると、優菜がぐっと早紀に顔を近づけてきた。
「そういえばさぁ、早紀って好きな人いないの?」
 優菜の一言に、美月もぱっと目を輝かせる。
「たしかに、早紀の恋バナって聞いたことないかも」
「そんな、私なんて何もないよ」
 話題の矛先が自分に向いてしまって、思わず早紀の声が裏返る。
「なんかあせってない? 実はもう彼氏いたりして」
「言っちゃいなよ」
 その時、タイミングよく昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴って、早紀はほっと胸を撫でおろした。
「五時間目ってなんだっけ?」
「算数」
「だるー」
 屋上を出た早紀達は、教室に戻ってそれぞれの席に着いた。男子達が鬼ごっこをしてはしゃいでいる。六年生にもなって、男子ってなんでこんなに幼いんだろうと早紀はうんざりする。担任の先生が入ってきて、ようやく教室のざわめきが落ち着いた。

「つまり、大人の女の恋バナに見せかけて、実は小学生の会話でしたーっていう叙述トリックなんだけど」
 俺の目の前に座る安達は、眉間に皺を寄せてパソコンの画面を見つめている。行きつけのこのファミレスは、駅から遠い立地のせいか、いつも程よく空いていて重宝していた。
「つまらん」
 安達は一蹴すると、煙草を吹かした。
「こんな叙述トリックなんて今まで散々使われてる。会話もぎこちないし三人のキャラも書き分けきれてない。どうせ、女ってこんなもんだろ、ってちょっと想像しただけだな」
「男だから想像するしかないだろ。女友達だっていねーし」
 口を尖らせてみせるが、安達はふん、と鼻をならしただけだった。
 大学の文学サークルに加入して一年が経った。普段から定期的にメンバーで集まって作品の合評会をしたり同人誌を発行したりと、わりと活発に活動している。特に俺と安達はウマが合って、時々二人だけで互いの作品をけなしあい、もとい講評しあっている。今回の作品テーマは、『叙述トリック』だ。
「とにかくこんな話、地球にはいくらでも転がってるから」
「あー、地球といえばさ……」
 俺はアイスコーヒーをぐっと飲みほしてから、背筋をのばした。
「次いつ帰省する? 前も言ったけど、安達の家族にちゃんと挨拶したいんだよ。結婚前提に付き合ってるってことは伝えておきたい」
 安達の頬が赤く染まる。普段男っぽい彼女のこういうギャップに俺は弱い。
「別に、いつでもいいけど」
 照れ隠しなのか、安達は肘をつき窓の外に視線を移した。彼女の視線を追うと、空には青い地球がぽっかりと浮かんでいる。
「人間が火星に住めるようになったのはいいけど、もっと気軽に地球に行けたらなぁ。手続きとかが面倒なのがネックだよな。安達も家族に会いたいだろ?」
「あたしは年に一回帰省できれば充分だけどね。オンラインでふつーに会話もできるし」
「薄情なやつだな。オンラインも便利だけど、やっぱり直に会って話すのが一番だよ」
「火星人って意外とアナログだよな」
「おい、今バカにしただろ」
 地球人と火星人の交流が始まってから数年が経っていた。急激に互いの文化や技術が混ざり合ったものの、お互い未知の部分も多い。火星人の俺にとって地球人は、見た目から考え方まで何もかもが新鮮で興味が尽きない。
「とにかく、この小説は書き直したほうがいい。火星人のわりには地球人のことをよく捉えてるとは思ったけどな。叙述トリックとしてはまだまだだ」
 安達の追い打ちを受け、俺はうなだれながら触手でパソコンを掴み、バッグにしまった。
「叙述トリックなんて、そう簡単に思いつかねーよ」
(了)