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第8回W選考委員版「小説でもどうぞ」最優秀賞 相談者の憂鬱 芋粥竜之介

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結果発表
第8回結果発表
課 題

悩み

※応募数323編
 相談者の憂鬱 
芋粥竜之介

 いわし雲がくっきりと浮かぶ十月の日曜日。
 この日、私はある決断を胸に競馬場敷地に立っていた。目の前にはまもなく始まる第一レースのパドック。しかし、そこには目もくれず、ある目的のために施設内特別室へと向かった。
 腕時計の時刻をちら見し、ある部屋の前にくる。扉には、公営競技ギャンブル依存症カウンセリングセンターとある。長い。なんという長い名称だ。
 咳ひとつしてノックする。軽い応答があったため躊躇ちゅうちょ することなく入室すると、相談員らしき人物が二人いた。頭髪の薄いうらなり型の男に、骨董品的な丸眼鏡を掛けた男。
 私が椅子に腰を下ろすや否や、本人確認後矢継ぎ早に質問が飛んでくる。
 ⦿毎週土日がくると興奮するか
 ⦿レース途中でやめることができるか
 ⦿ビギナー時に大勝ちしたことがあるか
 ⦿給料が入るとまず何を考えるか
 などなど、うなずきながらメモを取っている。
「うーん。やはりあなたはギャンブル依存症ですね。間違いないな」
 うらなり男は、隣の丸眼鏡に相槌あいづちを求める。
「そうですね。あなたはギャンブル障害、或いは病的賭博と呼ばれるものです。我々はそういった方に適切な治療と支援を行うものです」
 丸眼鏡はペンをくるくると回しながら、部屋のモニターに目を移すと、
「ほら、まもなく第一レースが始まります。一番人気は五番の馬ですが、この馬はジョッキー人気のため飛ぶ可能性が高い」
「そう、危険な人気馬だね。今回の距離が前走より二ハロン伸びるというのも気になる」
 うらなりが解説者の如くつぶやいた。
「あなたはどう思いますか?」
 いきなり振られた私は動揺しながらも、
「確かにそういう見方もできますが、父母ともこの距離で重賞を勝っているので、間違いなく血統的には買い。それに差し向きの展開利もありそうで侮れません」
 といった会話をしているとすぐレースが始まり、結果は五番馬の圧勝だった。
 二人の相談員は、呆気あっけに取られた。
「いやあ、さすがですな。ギャンブルがやめられないはずだ」
「本当だ。いくら賭けてたの? ヒモ二頭が人気薄だから八万くらいついてたよね。ね、買ったんでしょ?」
 うらなりの顔が湯気立つかのように紅潮している。
「え、買ってないですよ」
 私の返答に二人は意外な表情をした。
「あなた、八万もついたんですよ。なぜ買わなかったんですか?」
「なぜって、私はギャンブルをやめるためにここに来たんですよ。それを……」
 二人は乗り出していた身体をシンクロさながら元の姿勢に戻すと、
「いや、その通り。あなたのその態度、つまりギャンブルをやめようと努力すること、それが何よりも肝心です」
「そうそう。本人の自覚ですな。それにしてももったいない。いや、これは失言」
 丸眼鏡は汗ばんだつるを持ち、まぶたを拭った。
「ところで、今後、私はどのような治療をすれば良いのでしょうか」
「ふむ。通常は医師を交えた認知行動療法とか、ギャンブルに行く時間を自助グループ参加に切り替えることで徐々に問題解決へと導くのですが、当方では特殊な対策を試みています。ほら、この相談室に競馬モニターが設置されている理由がわかりますか?」
 私が無言でいると、うらなりが続けて、
「あのモニターから流れる実況を見て何も感じなくなる訓練です」
「なるほど。第一レースから最終十二レースまでここに缶詰めで待機し、一喜一憂しなければいいんですね」
「おっしゃる通り。おっ、第二レースが始まりますよ。ここは七番の馬で堅いでしょ」
「いや、私は一番と思いますね。この馬の出足は天下一。好枠活かして一気の逃げ切りと見ましたが」
 二人は適当なゴタクを並べていたかと思うと、
「あなたはどう予想しますか?」
 丸眼鏡は自信あり気な顔を私に向けた。
「いや、ここは大外の十六番でしょ。この馬は馬混みを極端に嫌うのでこの枠は最高。加えて昨夜の雨で内埒うちらちはボコボコだから大外からまくりの一発。相手も外枠に良積のある十一番で決まりと思いますが」
「え、それがくるとオッズは……うぉ」
 思わず隣のうらなりがオッズモニターを覗き込み、奇声を発した。
「まもなく締め切りですね」
 私の言葉にハプニングが起こった。相談員の二人が我先にと部屋を飛び出したのだ。
(了)