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スレッサー「ペンフレンド」に見る伏線未回収の効果|名作から学ぶ至高の伏線術

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「伏線」の魅力
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スレッサー「ペンフレンド」に見る伏線未回収の効果

伏線が回収されていないと文句をつける人もいるが、伏線はすべて回収しなくてはいけないのか。
そんなことはない。
前回、芥川龍之介の「魔術」を読んでもらったが、その中にお婆さんが登場し、その説明として以下のように書かれている。

背の低い日本人の御婆さんです。

わざわざ「背の低い」「日本人」と書いているのに、回収された形跡がない、これはどういうことだと言いたい気持ちもわからないでもないが、これは単なる人物設定というべきもの。未回収であってなんら問題はない。

結末を読まなければ別の話として成立する

こうした「回収しなくていい伏線」がある一方で、「回収しないほうがいい伏線」もある。
では、実例として、ヘンリイ・スレッサーの「ペンフレンド」を紹介しよう。

ヘンリイ・スレッサー「ペンフレンド」あらすじ

主人公は、マーガレット・ロウエンという59歳の老女。彼女のもとに、バージャーという警部が訪ねてくる。
警部はマージー・ロウエンに用があると言う。マージーはマーガレットの姪で、この3月で22歳になるが、今は不在。老女がそう告げると、警部が注意を促す。

マージーは2年ほど前から、終身刑のラウール・コリンズと文通をしており、毎回熱い愛を語り合っていたため、先週、ラウールはマージーに会いたくて脱獄してしまった。身寄りもないからおそらくはここに来るだろう。来たら連絡してくれと言い、警部は電話番号が書かれた紙を置いて帰っていく。
その晩、案の定、ラウールが訪ねてくる。

 「マージーはここにはいませんわ」彼女は金切り声にならないように努めた。「言ったでしょう。姪は――友だちのところへ行っているわ」
 「なんという友だちだ? どこだ?」
 「知りませんわ!」
(ヘンリイ・スレッサー『うまい犯罪、しゃれた殺人』所収「ペンフレンド」/ハヤカワ文庫)

押し問答が続くが、そのうち、ラウールはテーブルにのっているマージーの写真に気づく。
「実に美しい⋯⋯」
マージーに会いたい気持ちを募らせていく。

老女は、「いいわ。あたし――マージーに電話してあげますわ。そうしてほしいとおっしゃるんなら」と姪に電話するふりをし、バージャー警部に電話する。
老女は無事警部に通報できたが、このことをラウールに悟られ、彼が襲ってくる。
しかし、老女は銀の燭台でラウールを撃退する。
かくてラウールは警察に逮捕され、その晩、老女は手紙を書く。

 愛するラウール
 今、伯母から、事件のことを聞きました。あなたの恐ろしい経験をあたしがどんなに悲しんでいるか、言葉に言い表わせません。でも、あたしがこんなことを言ったら、あなたはあたしのことをひどく薄情な女だと思うでしょうか。あたし、うれしいんです、ラウール。この愚かな脱走が成功せず、あなたが刑務所に戻されてうれしいんです。また手紙が交わし合え、あたしたちの人生にとても意義のある愛の使者を交換し合えると思うと、うれしいんです⋯⋯

終身刑のラウールと文通していたのは、老女のマーガレットだった!
これがどんでん返し。
なんとも鮮やかだが、どうして騙されてしまったのか。
実は結末までは全く騙していないのだ。

つまり、結末を読まなければ、
〈終身刑のラウールと姪のマージーが2年も文通をして恋仲になってしまったが、どうしても会いたいラウールが脱獄して会いにきてしまった。姪は留守にしていたが、事前に警部から事情を聞いていた老女は無事、ラウールを撃退した。〉
という話で成立してしまうのだ。
全く無理がない。だから、まさか嘘だとは思わないのだ。

再読することでわかる「伏線」

読み終わってから再読すると、ここは「文通をしていたのは実は老女」をにおわせているのかもと思える箇所がたくさん見えてくる。
冒頭、老女は姪のことを警部に聞かれ、こう答えている。

 「では、姪に用がおありなんですね。あたくしの弟の子供でして、あたくしにちなんで名前をつけたんですわ。で、マージーにどんなご用がおありなんですの?」

姪の名付け親になるのは珍しくはないが、「マージー」は「マーガレットのペンネーム」とも読める。
さらに、姪との同居生活についてはこう書いている。

 「六年ほどになります。両親が死んでからです。今では実の子供同然ですわ

最初にマージーになりすましたのは6年前で、彼女は実の子ども同然(自分自身)と言っているようにも思える。
また、終身刑の男が会いにきてしまったという不幸へのリアクションはと言うと?

 マーガレット・ロウエンは、とつぜん、肩パットのはいったハウスコートにつつまれたからだがカーッと熱くなった。彼女は襟元をゆるめ、身をこわばらせて袖椅子にそり返った。

姪が終身刑の男と恋仲であることにショックを受けたわけだが、会いにきてくれたことに胸を熱くしているとも読める。
その後、警部はラウールが来たら連絡してほしいと言って帰るが、そのあと、こうある。

 警部が帰ると、彼女は寝室へ上がり、機械的に着替えをし、鏡を見ないでくちびると頬にあっさりした化粧をほどこした。神経質な指で髪からカールクリップを取り、薄い頭髪の房にブラシをかける。

老女でも化粧ぐらいするだろうが、ラウールが会いにくるかもしれないという期待が化粧をさせ、髪にブラシをかけさせているとも読める。

 八時三十分、ちらちらするテレビの映像の前で、目をかすませ、ぼんやりすわっていると、警部の訪問など夢のように思われた。

 こうなると、終身刑の男が来るのを恐れているというより、夢見心地になっているようにも思える。
 もちろん、これが伏線かどうかは作者のみぞ知るというところだが、「気づく人は気づくかな」という意図があって敢えて書いているようにも読める。

物語に深みをもたらす「敢えて回収しない」伏線

「ペンフレンド」を読んで多くの人が思うのは、

マージーという姪は、最初からいなかったんじゃないか!

ということ。

つまり、独り身の老女(59歳)は22歳の若い女性になりきり、熱烈な愛を交わすことで老後の寂しさを癒やしていた。写真の姪は、実は老女が若い頃のもの――。
という想像もできる。

しかし、であれば、作者はなぜそのことを明かさなかったのか。
おそらく、そのほうが「老後の寂しさがより引き立つ」という判断があったからではないだろうか。
終身刑のラウールが刑務所での生活の寂しさを嘆く場面があるが、このとき、老女はこのことに激しく同意している。

 「刑務所にいるとどんなにさびしいか、わかるかい? 仲間は千人もいる――だが、ひとりぼっちだ。そしたらどんなふうになるか、わかるかい?」
 「ええ、わかるわ!」彼女は激しく言った。「わかるわ!」

さらに、ラウールを燭台で叩き、気絶させたあと、こう述懐している。

 彼女はがっくり膝をつき、やせた両腕に彼の頭を抱いた。彼女の目から涙がはらはらとこぼれ落ちた。
「あなた!」彼女はうめいた。「かわいそうに⋯⋯」

見知らぬ終身刑が姪に会うために脱獄してきたということだけなら迷惑な話だが、老女マーガレットにとってラウールは、架空の推しのような存在ではなかっただろうか。

ボランティアで終身刑の男の無聊を慰めているが、彼は終身刑――絶対に会いには来ない安全な存在だったが、私を思うあまり会いに来て、今は気絶している。
なんてかわいそう(なんて愛おしい)とも読めてしまう。

それと同時に、私たち読者は、
〈一時、若かりし頃に戻った気になり、手紙の中で熱烈に愛を語る老女の寂しさ〉
がわかり、なんとも言えない哀切を覚えるのだ。
作者が本当に書きたかったのは、これだったのかもしれない。

しかし、作者は「マージーなんていなかった」とまでは書かない。
書かないことで、読みが限定されなくなる。
架空の姪を作るほど寂しかったんだとも読めるし、そこまでアプローチできない読者は「これは騙された!」でいい、ということだったのかもしれない。

伏線は回収すれば納得感につながるが、納得した瞬間、余韻はなくなる。
しかし、答えがないと、「もしかしたらこうだったんじゃないか」と思って、考えが広がる。
これが伏線を回収しない効用だろう。