第31回「小説でもどうぞ」選外佳作 飛んで火に入る冬の虫 鹿石八千代
第31回結果発表
課 題
ありがとう
※応募数253編
選外佳作
飛んで火に入る冬の虫 鹿石八千代
飛んで火に入る冬の虫 鹿石八千代
その日も母親のエマはベッドの中で、愛娘のアナに本を読んで聴かせていました。
「ママ、今日のお話はなあに?」
「『アリとキリギリス』よ」
毎夜、アナは母親エマのお話を聞きながら眠るのが常でした。
――ある夏のこと。キリギリスは毎日遊んで暮らしていました。そこへアリが重い荷物を運んでやってきました。
「アリさん、何を運んでいるんだい?」
「あっ、キリギリスさん。冬に備えて食料を運んでいるんだよ」
「ふっ、冬の食料?」
「そうさ、夏はたくさん食べ物があるから、今のうちに冬に蓄えておくのさ」
それをきいたキリギリスは大笑いしました。
「たっ、蓄え? 食べ物は新鮮な方がおいしいに決まっているじゃないか!」
「もちろん、私も新鮮な方が好きだよ。でも冬は食べ物がなくなってしまうだろう?」
「その時はその時、今を楽しまなくっちゃね、アリさん!」
アリを見下すように、キリギリスは自慢げにバイオリンを弾き始めました。
「――キリギリスさんはバイオリンが上手だね」
「どうだい、一緒に弾いていかないかい?」
「私は食料を集めなくちゃいけないので、これで失礼するよ」
「そうかい? じゃあ、せいぜい頑張ってくれたまえ。ごきげんよう、アリさん」
「ごきげんよう、キリギリスさん」――
いつもだったら途中で寝てしまうアナが、この夜は珍しく最後までお話を聴いていました。
「ママ、なんかキリギリスって嫌みな感じよね」
「ホントね」
「それに比べてアリさんは偉いわ。こんなに言われても怒らないなんて」
お話に興味を示す娘のアナを微笑ましく思いながら、エマは話を続けました。
――そして秋が過ぎ、いよいよ冬になりました。辺りはすっかり雪に埋もれて、食べ物が全く見つかりません。キリギリスは困り果て、仕方なくアリの家を訪れました。
トントンとドアをノックする音。
「おや、こんな真冬に誰だろう?」
アリがドアを開けると、そこには今にも倒れそうなキリギリスがいました。
「キ、キリギリスさん、一体どうしたんだい? こんなに痩せちゃって」
「ア、アリさん。た、食べ物を少しわけてくれないかい?」
「だから夏にしっかり食料を蓄えないとって、あれほど言ったのに」
「あの時はゴメンよ。本当にアリさんの言う通りだったよ」
「さあ入って、キリギリスさん。この冬は私の家で一緒にくらそう」
アリはキリギリスを家に招き入れました。そこは暖かい暖炉がたかれ、たくさんの食料がありました。
「あっ、ありがとう。本当にありがとう、アリさん」
すっかり弱っていたキリギリスは、涙を流しながらアリに御礼を言いました。――
「ママ、冬の間ずっとキリギリスはアリさんの家で過ごしたの?」
「ええ、そうじゃないかしら?」
「でも、それってずるくない?」
お話に真剣にのめり込む愛娘に笑顔でキスをしたエマ。
「アナ、それはアリさんが優しいからよ」
「そうかしら?」
「あら、どうして、アナ?」
「ママ、アリさんは本当は怒ってたんじゃないかしら?」
「えっ?」
「だから、わざとキリギリスを家にいれたのよ」
「はっ?」
「いや、怒ってたんじゃなくて、逆に喜んでいたのよ。そうよ、きっとそうなのよ、ママ!」
突然、ひらめいたように大声を上げたアナに困惑するエマ。
「な、何がそうなの?」
「あのね、ママ。アリさんの家で、キリギリスはお食事をたくさん食べたんでしょう?」
「え、ええ、そう思うけど……」
「そのうち痩せ細ったキリギリスは、きっと太って元通りの体になるわよね?」
「そ、そうよね、多分……」
「アリさんは、それを狙っていたのよ。それがアリさんの計画だったのよ」
「……」
エマはアナの言葉の意味がよく分かりませんでした。
「アリさんは、きっと丸々太ったキリギリスを食料にしたのよ」
「食料?」
「そう、自分自身の新鮮な食料に」
「はっ?」
「だからママ、アリさんはキリギリスを食べちゃったのよ」
耳を疑うようなアナの話に、エマはヒステリックな声を上げました。
「アナ、なんてことを?!」
「アリさんだって、新鮮な食べ物の方が好きだって、言ってたじゃない」
もともとアナは物心ついた時から、神童か、と思われるほど利発な子でした。しかし、この年齢でここまでの想像力が働くものか? エマは驚いて言葉が出ません。
「ママ、きっとアリさんは既に夏の時、怠け者のキリギリスを冬の食料にしよと計画してたのよ。だから、わざとキリギリスの目の前を通って豊富な食べ物を見せつけたのよ。そしてまんまと思い通りになったのよ」
「……」
「ありがとう、って言ってたキリギリスだけど、アリさんからしたら『こちらこそありがとう。わざわざ新鮮な食料を届けてくれて』だったのよ」
まるでドラマの名探偵のような、あまりに突拍子もない、しかし理にかなったアナの推理にエマは愕然とし恐怖すら覚えました。
「で、でもなぜ? どうしてそう思うの?」
「だって……。ママも私に綺麗なお洋服を沢山買ってくれるじゃない」
「もちろんよ。あなたを愛しているからよ」
「ありがとう。私もママを愛しているわ」
「それにアナ、あなたは有名な子役モデルなのよ。いつでも綺麗にして、お仕事が沢山来るようにしないとね。分かるわよね」
「うん、ママ。でも私が稼いだ沢山のお金はどうなっているの?」
「アナは心配しなくていいのよ。ママがしっかり貯金をしておいてあげるからね」
内心、「確かに私の方こそ、ありがとうだわ」と思いながら、優しくアナにキスをするエマでした。
(了)