2019年4月号特集SPECIAL INTERVIEW 上田岳弘さん(芥川賞作家)
芥川賞作家にして、IT企業の役員!
上田岳弘さんは芥川賞作家であり、かつ、IT企業の役員をされています。
そのせいか、会話の端々にビジネス用語やIT用語が出てきます。
たとえば、小説家との二足のわらじを履くメリットとデメリットという話になったとき、
「マインドシェア」
という言葉が出てきました。
「消費者の心の中で企業やブランドが占める割合。市場シェアと対比して用いられる」
という意味らしいですね。
転じて、「仕事で気になる案件があると、小説のことを考える余裕がなくなる」というような意味で使われたようです。
「定量的」
という言葉も出てきました。
「何かを学ぼうとするときは、定量的にとらえたほうがいい」と。
「定量的」はIT用語というより、研究やビジネスでよく使われる言葉らしい。
要は、数値でとらえる、ということ。反対語は定性的。
「プレゼンス」という言葉もできてきました。
「誰もが無理だと思うことを超えることができれば、プレゼンスを示すことができる」
「プレゼンス」は、「存在感」という意味の言葉です。経済や国際問題を語るときによく出てくる言葉ですね。
小説家であると同時に、ビジネスマンでもあるんだなあ、という気がしました。
駄目な飛行機は、なんの隠喩だろう?
芥川賞を受賞した『ニムロッド』には、作家志望の元同僚、ニムロッドこと荷室仁が出てきます。
ニムロッド(荷室仁)は、主人公に、
「駄目な飛行機コレクション」
と題するメールを送ってくるのですが、これが面白い。
コンベアNB-36
原子力飛行機。墜落すると恐ろしい大量殺戮兵器と化す。
ボニーガル
カモメ型飛行機。4年間、カモメの研究をした末に作られたが、初飛行で墜落し、開発したボニーは死亡した。
などなど。
「へえ、そんな飛行機があるんだ」となんだか愉快になってしまいますね。
誰かの失敗談を聞いている気分です。
でも、どこか切なくもなりますね。
ニムロッドは、駄目な飛行機を紹介する中でこう言っています。
「駄目な飛行機があったからこそ、駄目じゃない飛行機が今あるんだね。でも、もし、駄目な飛行機が造られるまでもなく、駄目じゃない飛行機が造られたのだとしたら、彼らは必要なかったということになるのかな?
ところで、今の僕たちは駄目な人間なんだろうか? いつか駄目じゃなくなるんだろうか? 人間全体として駄目じゃなくなったとしたら、それまでの人間たちが駄目だったということになるんだろうか? でも駄目じゃない、完全な人間ってなんだろう?(上田岳弘『ニムロッド』)
この箇所を読んだとき、
「ああ、この駄目な飛行機、まるで私たちのことだ」と思ってしまいました。
悲しいけど、世の中に取り換え不能な人なんていない。
新しくて使えるものが入ってくれば、古いものはどんどん捨てられる。
IT業界は日進月歩だから、上田岳弘さんは過去の遺物になる機械に、駄目な人間を見てしまったのかもしれませんね。
上田岳弘(芥川賞作家)
1979年兵庫県生まれ。早稲田大学法学 部卒。2013年「太陽」で新潮新人賞受賞。 2015年『私の恋人』で三島由紀夫賞受 賞。2019年『ニムロッド』で芥川賞受賞。