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第32回「小説でもどうぞ」選外佳作 選択ミス ナラネコ

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第32回結果発表
課 題

選択

※応募数306編
選外佳作 

選択ミス 
ナラネコ

――大学の学部選択をミスってやる気なくなり中退。
――転職したことかな。パワハラ体質の上司に嫌気がさして辞めたんだが、新しい職場はもっとひどかった。後悔しかない。
――高校時代、自分はモテると勘違いして、告白してきた女の子を振ったこと。後から思えば結構かわいい子だった。
――選択ミスなんて、毎日やってるよ。近いところでは今日のランチ。食べたいものがあったんだけど、ちょっと美味しそうな料理がメニューにあったんで、気が変わってそっちを選んだらさっぱりだった。金と時間を損した気分。
――病院選びを間違って、医療事故で母を亡くしました。まだまだ元気でいられたのに……。別の病院を選んでいたらと思うと、今でも悔しくて眠れません。
――盗撮バレて捕まった。やめるという選択肢はあったのに。人生詰んだ。
 金曜日の夜、俺はなんとなくネットの掲示板を眺めていた。仕事を終えて一人暮らしのマンションに帰り、寝る前、よくこのサイトをのぞく。どこまでが本当の話か分からない匿名掲示板なので気楽に読み流せる。この日見ていたスレのタイトルは、「人生の選択ミス」だった。深刻なものからくだらないもの、ちょっと危ないものまで、様々な「選択ミス」が入り交じっている中で、一つの投稿が俺の目に留まった。
――五年前、二人の男にプロポーズされた。前から付き合っていた彼氏と横入りしてきた人。本当なら彼氏一択で選択の余地なしだったのに、たまたま大ゲンカ。わたしの方もキレて、じゃあ別れるとか言って、新しい男を選んじゃった。勢いで結婚したけど、やっぱり一年持たずに離婚。究極の選択ミスだったなあ。
 俺は初め、よく似たことがあるものだと思って読んでいたのだが、ひょっとしたらという気持ちが湧いてきた。
 俺は岸啓太という三十歳独身のサラリーマンだ。水谷沙織とは、大学で同じゼミにいたことから知り合い、交際が始まった。彼女は笑顔が可愛らしく、感情表現が豊かな女だった。悪く言えば気分屋だったが、俺は彼女のそういったところもすべて受け入れてきた。世間ではそれを包容力というが、俺はそんなできた人間ではない。俺の包容力は、沙織に対してだけ発揮された。簡単に言えば、俺の方が沙織に惚れ込んでいたのだった。
 卒業し、われわれは別の会社に就職したが交際は続いた。そして三年が過ぎ、そろそろ結婚を考えようと俺は沙織に告げた。すると彼女は、会社でも自分にプロポーズしている男がいるのだと話した。
「そいつは、何度か二人で食事に行っただけなのに、付き合っていると思い込んでいるような勘違い野郎なの」
 彼女はクスクス笑いながら言った。
 その話を聞いているうちに、俺は無性に腹が立ってきた。知らない男だが、軽く笑い者にするような彼女の言い方が気にくわなかったし、自分の知らないところで、別の男と何回も食事に行っていることも癪にさわった。
 俺は、初めて沙織と大声で喧嘩し、沙織は、「じゃああなたと別れてその人と結婚する」と口走り、俺も売り言葉に買い言葉で「勝手にしろ」と言い放った。
 俺は彼女の方から折れてくるのを待っていたが、そうはならなかった。しばらく冷戦状態が続いている間に「勘違い野郎」が「本命」に、そして「婚約者」に昇格してしまったのだ。ある日どこからか、沙織が別の男と結婚するらしいという噂が流れてきた。俺は慌てて沙織に連絡を取ろうとしたが、彼女は通信手段をすべて遮断し、住んでいたマンションも引き払ってしまっていた。
 これが五年前に起きた出来事だ。
 俺はまだ沙織に未練があった。そこでこの投稿に返信してみた。
――あなたの元カレを、仮にケイタ君としよう。ケイタ君も、自分の方から仲直りしなかったこと後悔してるんじゃないかな。元カレがまだ独身なら、選択ミスを取り返すチャンスがあるかも。
 返信と言っても、ネットの掲示板への書き込みなので、直接彼女の元に届くわけではない。だが、もしあの投稿の主が沙織だったら、「ケイタ」という名にピンときて、何らかの反応があるかもしれない。
 翌日、さっそく返信が付いていた。
――はげましてくれてありがとう。でも、ケンカした後で、こっちから連絡を絶ってしまったので、彼、すごく怒ってると思う。
 俺はもう一押しと思い、再び返信した。
――彼の昔の連絡先に一度メッセージを送ってみたら? きっとあなたのことをずっと待ってるよ。
 数日後、俺のスマホに一通のメールが届いた。
――久しぶり。何気なく掲示板に書きこんだら、リプがあってビックリ。よくわたしだって分かったね。なんか感動した。実は今、付き合ってる人がいてプロポーズされてるの。でも最近どうもうまくいかなくて、どうしようか迷ってたんだ。そんなとき、啓太のリプを見て、ちょっとグラっときちゃった。会って一度話を聞いてもらおうかって思ったけど、顔見たらヤバいって思ってやめた。もう人生の選択ミスはできないものね。でも、気にかけてくれてすごく嬉しかった。本当。だけど、もう連絡はとらないって決めたから。ごめんね。
 俺は返信しようと思ったが、速攻でアドレスが消されていた。言いたいことだけ言って、相変わらず勝手な奴と思ったが、なぜか腹が立たなかった。仕方ないので、心の中でつぶやいてみた。
――コンドノセンタクガウマクイクトイイネ。
(了)