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第45回「小説でもどうぞ」選外佳作 名前の由来 高橋大成

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小説でもどうぞ
第45回結果発表
課 題

隣人

※応募数393編
選外佳作 

名前の由来 
高橋大成

 アパートを選ぶときにはいろいろな条件がある。
 家賃、広さ、駅からの距離、築年数に日当たり、トイレと洗面台は同じか別か、などなど。
 大学進学を機に上京した際、僕はアパート探しにこだわった。不動産屋を何件もまわり、親がうんざりするのも構わず僕は内見を重ねた。
 そうして決めたのが今住んでいるアパートだ。駅から近く静かで、築浅だから中もきれいだ。暮らし始めて、このアパートにしてよかったと心から思った。早く大学で友達を作って、このアパートに遊びに来てもらいたかった。
 親から「隣の人に挨拶しておきなさい」と言われていた。このご時世、引っ越し挨拶をする人なんてほとんどいないだろうけど、なにかトラブルがあったとき隣人がどんな人か知っておいたほうがいいと僕も思ったので、洗剤とスポンジをお土産にして僕は隣の部屋のチャイムを鳴らした。
 出てきたのは僕と同い年くらいの男性だった。
「こんばんは。あの、隣に引っ越してきた国井というものなんですけど……」
 怪訝そうだった男性の表情が和らいだ。
「ああ、そうなんですか。浜野です。こちらこそよろしくお願いします」
 部屋からは音楽が聞こえてきた。洋楽ロックだった。浜野さんは音楽好きらしい。僕の表情に気づいたのか浜野さんが言った。
「自分、音楽が好きで、実はギターも弾くんです。ちょっとうるさいかもしれません」
「ああ、大丈夫だと思います」僕は言った。

 どんなに条件にこだわってアパートを選んでも隣人は選べない。
 ちょっとどころではない。浜野さんはうるさかった。夜僕が電気を消して寝ていると、隣からギターの音が聞こえてきた。とんでもない音量だった。当たり前の話だと思う。このアパートは防音ではない。ギターなんか弾いたらうるさいに決まっている。
 初めのうちは僕も我慢した。頭から布団を被り、耳栓も試してみた。でもだめだった。ギターの音がやむ午前一時頃、僕はやっと寝ることができた。
 挨拶にいったのは返ってまずかったかもしれない。浜野さんの顔を知っているから、文句を言いづらくなってしまった。僕は来る日も来る日も我慢した。浜野さんは毎日ご機嫌にギターをかき鳴らしていた。
 だが我慢の限界だった。ある夜、僕はついに壁を叩いてしまった。どんどんどん。
 ギターの音はすぐにやんだ。叩いた瞬間僕は後悔したものの、それ以降はギターの音がすることはなかった。その日僕はぐっすりと寝ることができた。
 だが次の日、またギターの音が聞こえてきた。僕は布団を被ってしばらく我慢していたが、すぐに限界が来てまた壁を叩いた。どんどんどんどん。ギターの音がやんだ。
 そんな日が何日も続いた。ギターの音がして僕が壁を叩く。どんどんどん。静かになる。次の日またギターの音がする。僕が壁を叩く。どんどんどん。静かになる。
 十日間ほどたっただろうか。浜野さんはまったく懲りる様子もなく、またギターの音を響かせ始めた。もう僕は一秒も我慢することなく壁を叩いた。どんどんどん。
 だが今日は静かにならない。ギターの音は続いている。僕は頭にきて壁を叩き続けた。どんどんどんどん。ギターの旋律は続く。僕は壁を叩く。どんどんどんどんどん……。
 ギターの音がやんだ。やっと寝れる、そう思ったのも束の間だった。玄関のチャイムが鳴った。
 僕はベッドから飛び上がった。浜野さんに違いない。僕が壁を叩いたことに文句を言いに来たのだ。そもそもギターの音がうるさいのが悪いのだが、壁など叩かず最初から口で伝えれば良かった。
 僕は恐る恐る玄関に立った。レンズを覗くとやはり浜野さんだった。顔の表情まではわからない。
 僕は怒鳴られるのを覚悟でゆっくりとドアを開けた。
「なんですか?」

 ――数年後――

「では続いてのゲストの登場です!」
 MCの言葉を合図に、僕らはスタジオに入った。眼の前には何台ものテレビカメラ、そして収録の観覧に来ている若い女性を中心にしたお客たち。彼女らは僕らを見て黄色い歓声を上げた。僕らのバンド名が書かれた大きな紙を持っている人もいる。
「さあさあこちらにどうぞ! いやあ、すごい人気ですねえ」
 僕らはセットの椅子に座った。ギターボーカルの浜野が答える。
「いやあ、ありがたいです」
「早速メンバーを紹介してもらえるかな」
「はい、まずベースの安田です」バンド一のイケメンである安田が手を振るといっそう歓声が上がった。
「それからドラムの国井です」
 僕も手を降った。
「紹介ありがとう。ちょっと聞いたんだけど、バンド結成の由来が変わってるんだって?」
 MCが言った。
「ええそうなんです。最初は僕と安田でやってたんですけど」浜野が言った。僕は苦笑いを浮かべた。浜野が続ける。
「大学生のとき、夜になるとギター弾いてたんですよ。そうしたらうるさかったみたいで、隣に住んでた国井が壁を叩いてくるんです。最初は申しわけなかったけど、その叩くリズムを聞いているうちに、ビートを感じるものがあって、それで思い切って、バンドに誘ったんです。俺たちのバンドでドラムをやってくれないか?って」
 MCが大げさに笑った。
「すごいねえ! たまたま隣に住んでた国井さんをバンドに引き入れるなんて! もしかしてそれがバンド名の由来なの?」
「そうなんですよ」浜野が笑った。「隣人同士で組んだっていうことで」
 笑いが起きた観客席に僕は目をやった。観客が持つ紙にはこう書かれていた。
「こっち見て! “ネイバーズ”」
(了)