俳句は人生の杖になる──『プレバト!!』夏井いつきが語る俳句の魅力と効用


見ていないのに五感が刺激されて鳥肌が立った
——夏井先生の俳句の師匠は、黒田杏子さんですね。
はい、黒田先生の俳句に出会ったのは私が20代のときです。地元の愛媛で中学校の国語教師をしていた頃で、書店に俳句の雑誌も入ってこないような田舎でしたが、黒田先生が現代俳句女流賞と俳人協会新人賞をW受賞されて、時の人のように扱われている記事を見たんです。
——そのときはすでに俳句は作られていたのですか。
教員の仕事は激務で、一生懸命やればやるほどやることが増えていくという仕事です。だから、句会に行く時間などは全くなかったのですが、そのときはもう真面目に俳句を作っていました。すごい文学だなあと思いながら。
——黒田杏子さんの句で、特に印象深い句はありますか。
衝撃を受けた句はたくさんありますが、最初に目についたのは、「昼休みみじかくて草青みたり」という句でした。
教員の昼休みなんて、生徒に給食を食べさせ、給食指導をして、片づけを見て、そのあとも生徒が真面目な相談に来たり、ばたばたしているうちに掃除の時間になり、あっという間に終わってしまうんですよ。だけど窓の外に目を向けると、季節はすでに春になっているじゃないの……と、まさにこれは私の実感だったんですね。俳句って、こんなことが言えちゃうんだって感動しました。
また、黒田先生は博報堂にいて、働きながら句作をしていることにもシンパシーを持ちましたね。
——不勉強で恐縮ですが、「昼休みみじかくて」と「草青みたり」にはどんな関係があるのですか。
これは「取り合わせ」という技法です。昼休みが短いのと、一見なんの関係もない草が青むのとを取り合わせることで、時空が立体交差するんです。「プレバト!!」のメンバーには「カットが切り替わる」って説明するんですけど、短いなあと思った私から急に校庭の草に視点が移る。たかが17音で、読んだ人の中でそういう映像が再生されていくなんて格好よくないですか。
——映像的で、場面を切り取ったような印象があります。
そう、だからカメラマンとか編集マンの人って俳句がうまいんですよ。焦点の当て方とか構図の作り方とかがわかっている。
——ほかには、どんな句が気に入りましたか。
「磨崖佛おほむらさきを放ちけり」という句にもうっとりしました。大きな崖に彫られた磨崖佛があって、どこからともなく大きな蝶が上っていくわけですよ。それを、磨崖仏が放ったのだと見立てています。私自身は見たこともない光景なんだけれど、自分がその場にワープして立っているような気にさせられます。臨場感で五感が刺激されて、鳥肌が立ちましたね。すごいって。
そのときに思い出したのが、中学生のときに国語の授業で習った与謝蕪村の「斧入れて香におどろくや冬木立」です。これを読んだ瞬間に、皮膚がキリッとするような冬の冷たい空気を感じ、木に斧を入れたときに立ち上るかすかな匂いまでが鼻の奥につんとしたんです。
実際に体験していないのに、読む人に言葉だけで生体反応を起こさせるという、これが俳句の力なんですね。あのときに感じたのはこういうことだったんだなって、大人になって気づいたわけです。
たった12音に季語を合わせれば化学反応が起きる
——俳句は難しいと先入観を持っている人も多いですが、良い句とはどんな句ですか。
それは究極の質問ですね。とても一言では言えませんが、たった一つ大事なことは〝詩のかけら〞が入っているかどうか。
——ということは、詩心がない人にはできませんか。
いえいえ、俳句はゼロから作る文学ではなく、型がありますから。17音のうち、季語はたいてい5音くらいで、あと12音の〝俳句のタネ〞を合わせればいい。12音なら20字詰め原稿用紙1行の半分ちょっとです。誰でも見つけられますし、ふだんの生活の中でもそのくらいはつぶやいているものなんですよ。だから言葉さえ話せれば、俳句は3歳から誰でも作れます。
——一瞬を切り取る感じですか。
12音だからそうなります。季語+12音を組み合わせるだけでいいと聞くと、思いきりハードルが下がるでしょう?
——12音と季語との組み合わせで詩ができるんですか。
ある小学校に句会ライブに行ったときに、俳句のタネを見つけてごらんと言ったら、女の子が「桃から生まれた桃太郎」と言ったんです。この12音だけだったらタダのパクリと言われそうですよね。でも、ここに「春の雲」という季語を合わせたら俳句になります。さっきの12音と化学反応を起こして、春の柔らかな感じがでてくるでしょう?
——詩を作ろうとしなくてもよいのですか。
桃太郎の12音に「夏の雲」「秋の雲」「冬の雲」のどれを合わせるかで句のイメージが変わります。夏だと元気な子のイメージだけど、冬だと生まれた瞬間に不幸な運命を背負っていそうでしょう(笑)。季語を選ぶことも、詩を作ろうとする表現行為なんですよ。できたものに詩があればいいんです。
——俳句向きでない人はいますか。
綿々と説明をしたい人。「プレバト!!」に来る小説家などはたった17音の中に1章分、2章分もの内容を入れ込もうとしてたいてい自爆するんです(笑)。
——夏井先生は、俳句向きだと思って始めたのですか。
職場で学期末の飲み会の幹事を任されたんですよ。ああいうのはたいてい一番下っ端がやらされるでしょ。前任者から「毎回5分遅れてくる先生が二人いる」と聞かされて、その5分を退屈せずに過ごせるよう「俳句クジ」を作ったんです。
——俳句クジ? ゲームですか。
入り口で紙を渡し、自分の席を探してもらうんです。紙には俳句の上五が書かれており、席にはヒントとして私の描いたイラストが置いてある。裏返してみると正解の句が書かれてあるのですが、最初に来た人は正解を探さないといけませんから時間がかかるんです。しかし、だんだん席が埋まっていき、二つだけ席が空いている状態になった頃、いつも遅刻してくる先生二人がやってくるという仕掛けです。待ち時間をなくすというささやかな気づかいというわけね。
——俳句は自作のものですか。
1回目は有名な俳人の句でしたが、あまりに好評だったんで、2回目はさらにウケようと自分で作ったんですね。「白いうなじが」なんて色っぽいものを入れたり、「教頭が会議で寝ている」といった内輪ネタを入れたらまたウケて。ウケると人はうれしくなって、またやる気になる。これをきっかけに歳時記を読み、文学としての素晴らしさに目覚め、自分でも俳句を作るようになっていったんです。
不幸に遭ったとき本当の意味でありがたみを知る
——俳句を作る喜びとは、どんなことだと思いますか。
私だけじゃなく、多くの人が言うのが、「俳句は人生の杖になるから持っておいたほうが得だ」ということです。
——人生の杖? 支えですか。
俳句を始めた頃はまぐれ当たりのように良い句ができて、褒められるとうれしくなって、また作る、を繰り返す。でも、本当の意味で俳句のありがたみがわかるのは、自分の力ではどうにもできない不幸や悲しみ、怒りなどに遭ったときなんです。連れ合いを亡くすとか、大病を患うとか、子どもが不幸に遭うとかね。
——生きていると、何かしらの不幸がありますよね。
人はそうしたときに思いを吐き出せば少し楽になるんだけど、多くの場合は人間関係を壊さないためにため込みます。それがたまって胸から喉元までいっぱいになると、精神を病んだり、爆発して人間関係を修復不能にしたりするんです。だけど俳句で、「あの男は本当に腹が立つ」とか、負の感情をちぎっては投げ、ちぎっては投げしていると、喉元までいかなくなる。胸から喉の間に上澄みができているのに気づくんです。これを私は「金の上澄み」って呼んでいるんですけど、これができるともう自己修復ができる兆し。
——ガス抜きになりますね。
そう。でも、句に詠まれた当の本人がその句を読んでも、自分のことだとは気づかない。なおかつ、吐き出したものは文学として共感してもらえます。
以前、「徹子の部屋」に出たときに、黒柳徹子さんが、「あなたがたもセイタカアワダチサウでしたか」という私の句をすごく褒めてくださったんです。セイタカアワダチソウって外来種で、自分たちだけどんどん繁殖して図々しい。この句は、あなたたちもセイタカアワダチソウでしたか、という驚きとため息なんです。黒柳徹子さんも俳句をお詠みになるので、その意味をくみ取ってくださって。
私は悪態ばかりを集めた『悪態句集』という小さな句集を作っているんですが、それを読んだ女子中学生が共感してくれたのがこんな句です。
「恩知らぬ君らに雪うさぎを贈る」
雪うさぎはかわいいけど、すぐに溶けてなくなっちゃうんだよ、バカ……っていうね(笑)。
俳句って、自分の頭より少し上空に三つめの目を持って、自分のことを客観視するトレーニングをしているんです。これですごく救われるのが、うつになりやすい人たち。マイナスの心のどまん中に自分を置いてしまいがちだけれど、頭上にもう一つの目があると、自分が置かれた状況を客観的に見て、ちょっと笑える。
俳句に出会って救われたという人はたくさんいますし、ぜひ皆さんにも人生の杖として俳句に挑戦していただけたらうれしいです。
夏井先生に聞きました 俳句上達Q&A
Q. 題材はどこにある?
初心者は自分の脳とばかり会話を始めるのですが、俳句のタネは外に山のようにある。外を見ることを覚えると、句を作るのが苦でなくなります。
Q. 俳句に向いた人は?
へそ曲がり。人が興味を持たないものに興味を持つ、斜めから見る、裏側を見てしまう人。みんながきれいと言うものをきれいと言うのは凡人どまん中。
Q. 句作に必要なものは?
好奇心と観察。小学生には「俳句を作ろう」ではなく、「面白いものを見つけよう」と言います。“面白いもの見つけ遊び”をし、見つけたらよく観察することです。
Q. 継続のコツは?
句会に参加すること。独学もいいですが、句会の楽しさは格別です。自分では気づけない句の問題点もわかります。気おくれせず、勇気を出して参加してみてください。
夏井いつき
1957年、愛媛県生まれ。京都女子大学卒業後、国語教師に。趣味として俳句を独学で始め、黒田杏子に師事。教師を辞めたあと、俳句の種蒔き運動を開始する。俳句集団「いつき組」組長。バラエティー番組「プレバト!!」では俳句の査定を担当。『夏井いつきのおウチde俳句』ほか著書、句集多数。
※本記事は2021年3月号に掲載した記事を再掲載したものです。