【エッセイの書き方Q&A】「説明と描写は違う?」「ウソは書いてはいけない?」初心者の疑問を一発解決! 上達のコツからNG例まで


エッセイの書き方究極Q&A
エッセイはどう書けばいいか。文章に関する疑問の中から、アマチュアの方がひっかかりがちなことに絞って回答しよう。
手っ取り早く文章がうまくなる方法は?
1つは、夢中になって多読すること。もう1つは、同一のエッセイを何度も読むこと。「なぜこう書いたんだ」と分析的に読む。エッセイではないが、朝日新聞の「天声人語」、読売新聞の「編集手帳」なども素晴らしいお手本だ。同時に、自分でも書く。公募に応募しなくても、毎週1編のようにノルマを決めて書く。とにかく書く。半年後にはかなりレベルアップし、「これが勘どころか」が体感できる。
いろいろな表記があり、迷います。
日本語には正書法がなく、とくに文芸の分野では個人の裁量に任されているので、いろいろな表記が存在してしまう。「終わり」と「終り」、「受け付ける」と「受付ける」、「いなずま」と「いなづま」、「ディテール」と「ディティール」、「エンターテインメント」と「エンターテイメント」(前者が正しい)などがそう。プロはともかく、アマチュアは用語用字辞典や常用漢字表を見てチェックし、なるべく規範どおりに書こう。
※本来は「いなづま」が正しいが、今は「いなずま」と書く。
エッセイには事実だけを書く? ウソを書いてはいけない?
エッセイはノンフィクションの1つ。小説とは違うので、事実でないことや、ウソを交えて書いてはだ
め。これが基本。
ただ、エッセイも小説と同じで、書いているうちに作者の意図しない方向に話がずれてしまうことがある。たとえば、本当はケンカ別れだったのに、書いているうちに最後に和解することになってしまったとか。おかしいな、事実と違う方向に話がいってしまったと思うのだが、走り始めたら最後、筆が勝手に書いてしまうことがある。このとき、できがいいと迷う。事実かどうかは私しか知らないことだし、多少のウソは方便かと。
境界はボーダレスだが、1つの判断基準に罪悪感がある。「こんなウソ、恥ずかしい」と思ったらNG。そうでないならOK。ただ、公募の入選作でも「これはウソくさいな、かなり話を盛っている」と思うことがある。バレないと思っているのは作者だけ、というのが一番格好悪いのでご用心!
悪いエッセイとは、どんなエッセイ?
難解で、抽象的で、何が書かれているのかわからないような、わかりにくいエッセイはだめ。言葉は平易でも、「何が言いたいんだろう」と思ってしまうようなエッセイもいけない。
別の言い方をすると、普遍性がないエッセイ。つまり、理解できない、自分のこととして読めない。これが悪いエッセイの特徴だ。
読み手は、作者とどこかで通じ合いたいと思って読んでいるのに、作者は独りよがり。全員に共感されなくていいが、読み手を置いてきぼりにはしないようにしよう。
エッセイにも小説の技術は必要?
エッセイだけを書くエッセイストもいるが、多くは別の肩書きがあり、本業の癖がでる。学者が書くエッセイはライトな論文という感じで、タレントが書くエッセイはトークを文字にした感じ。そして、小説家が書くエッセイは私小説と紙一重。
小説を書く場合、小説家は謎を提示し、それで引っ張る。また、意外な展開があったり、笑いがあったり、伏線と回収があったり、つまり、エンターテイン(喜ばせる)を考える。エッセイの場合も同じで、だから、小説の技術はそのままエッセイにも役に立つ。
描写と説明はどう違う?説明は不要?
説明とは、〈ふられてショックだった。〉のように書いてよくわからせること。こう書けば「ショックだった」とわかる。しかし、感じはわからない。
そこで、〈「別れよう」と言われたとたん、彼の発するすべての言葉が右から左に抜けていった。現実が遠ざかり、実体のない世界のように感じられた。〉と書く。一例だが、これが描写。〈三年前のことだ。〉や〈家の前に人だかりができていた。〉なども説明で、説明で済むことは説明する。しかし、それでは感じがわからない場合、描写という手法を使う。これはエッセイでも同じ。
文章を接続するということが、どうもよくわからない
前後する文の間に接続詞が入るなら、それは関係があるということだから、文をつなげられる。この接続詞には10種類あり、順接(だから系)、逆接(しかし系)、並列(それに系)、対比(一方系)、列挙(第一に系)、換言(つまり系)、例示(たとえば系)、補足(ただし系)、転換(さて系)、結論(このように系)がそうだ。
文を接続する際、〈公募が大好きだ。毎日応募している。〉なら接続詞は要らないが、〈公募が大好きだ。マニアというほどでもない。〉の場合は、〈公募が大好きだ。しかし、マニアというほどでもない。〉または〈公募が大好きだが、マニアというほどでもない。〉としたほうがいい。
接続詞は入っても、「そして」の場合は要注意。〈公募が大好きだ。そして、今日も生きていく。〉意味不明だが、「そして」はなんでもかんでも接続してしまう。「そして」が出てきたら、文脈がおかしいと警戒したほうがいい。
枚数の感覚が、よくわからない
規定枚数が400字詰5枚だとする。このとき、5枚を書くのと、5枚分のマス目を埋めるのとは全然違う。5枚を書くとは、3枚で十分な内容を引き伸ばすことでもなく、10枚は必要な内容をダイジェストすることでもない。5枚がちょうどいいという内容になるように、題材のほうを切り取ってくること。この感覚は、ある枚数を何度も書いて体で覚えるしかない。5枚がわかれば、これを基準に3枚も10枚も想像できる。
文章が冗長になってしまう
冗長とはむだに長いことだから、むだを削ればいい。しかし、主題が見えていないと何がむだかわからないので、まず自分に問う。「要するに何が言いたい?」と。
むだを削るだけでは足らない場合は、言い換える。この場合も自分に問いかける。「もっと短く的確な言い方はないか」と。これには語彙力が求められる。
さらに短くするなら、要約する。要約文を核に書けば、言いたいことが的確に伝わる。
※本記事は2018年9月号に掲載した記事を再掲載したものです。