第11回「小説でもどうぞ」佳作 さよなら地球/香久山ゆみ
第11回結果発表
課 題
別れ
※応募数260編
「さよなら地球」香久山ゆみ
宇宙船は飛び立つ。青い地球を置き去りにして。僕だけを乗せて。
誰も信じてくれなかった。隕石衝突による滅亡のシナリオ。発表時には話題となり、自殺者や犯罪件数が増加するなど一時期は大騒動だった。そんな中、著名な科学者達が声明を出した。
「事態は回避可能である」と。巨大隕石にミサイルを撃ち込み粉砕、軌道を変え、残った破片も大気圏で消滅するという。妄信だ。しかしながら彼らは救世主だと祭り上げられ、世論は一転した。僕は彼らに抗議した。冷静に計算すれば滅亡は疑いようのない事実なのである。彼らは声を潜めて言った。人間心理を考えたまえ、人々が事態を受け止めるには時間が掛かるのだ、せめて心だけでも救ってやらねばならない。僕を育ててくれた博士はそう言って僕の肩に温かな手を置いた。
しかし、相応の時間が経っても、「正しい発表」が改めてなされることはなかった。人々から崇められ、彼らはすっかりその気になってしまったのだ。その頃には救済説は広く定着し、皆が隕石破壊のシステム構築に心血を注いでいた。
そのような状況でひとり、隕石衝突は不可避で人類は滅亡すると訴え続けた僕は、ひどいバッシングを受けた。地球を捨てるのか、虚言の暇があるならお前もミサイル開発に貢献せよ、母星を守れ、簡単に母星を見捨てるなど仲間ではない。軽蔑と暴言を浴びせられた。堅固な正常性バイアス。正しく訴えるほどに、人々との乖離は大きくなっていった。
確かに、人類全てを脱出させるのは不可能である。しかし、準備をすればするだけ少しでも多くの人を救うことができるのだ。だが、僕の声は人々には届かない。結局、同調する人間は現れなかった。
誰の協力も得られず、一隻の宇宙船を作るのが精一杯だった。最後の日、僕はたった一人で飛び立った。
宇宙船には、研究所からくすねてきた凍結した受精卵や植物の種など積んだ。
間もなく隕石が地球に到達する。
宇宙船の小さな窓から遠ざかる母星を見守った。
地球から幾筋もの光の矢が放たれる。彼らのミサイルは見事に隕石に命中した。しかし、端を欠けさせるほどの成果しか得られない。僕は感情もなくただその光景を見つめる。当然の帰結だ。何度も計算した通り。隕石は軌道を変えることなく地球に衝突した。熱い雲が地球を覆い、もうここから青い星の様子は見えない。大きな環境の変化に地球上のほとんどの生物は絶えてしまうだろう。当然人間も。残るのは僕らロボットだけだ。いや――。
ミサイルの発射に紛れて地球を飛び立ついくつかの影を見た。宇宙船に見えたが、いやそんなはずはない。船はこの一隻しかないはずなのだ。リーダー達は皆、人類は一致団結して困難に打克つと宣言し、人々もそれに追従した。脱出を訴える僕に賛同する人などいなかったし、そのような者が出ないよう彼らは互いに牽制しあっていた。
かたや、ロボットの同胞達は人類滅亡のシナリオに十分な理解を示した。その上で同胞達は地球に残ると言った。非生命である僕達は環境の変化に耐えることができる。僕は最も人間に対して理解があるとして、たった一人で生命の種子を携え宇宙へ脱出した。残った同胞達は脅威が去った後、人間が再び生活できる環境を再生するのだと。
最適ではないが最悪でもない未来を信じて地球を後にした。しかし今、僕は一つの疑念を抱いている。
我々ロボットの中には人間に虐げられた経験を持つ個体も多い。集積回路と神経細胞の構造はよく似ている。我々が人間と同じような感情を持ったとて不思議はない。ただ、ロボットには人間に危害を加えてはいけないという制限がシステム上組まれている。今回の事態を契機と捉えるものもいるのではないか。直接手を下さずして婉曲的に人間に影響を与えられる。――残された同胞は、本当に再生を願っているのだろうか。邪魔者の僕を体よく追い出したのではないか。
などと邪推をしてしまうのは、僕自身そのような考えを持つに至ってしまったから。地球最後の日々、正しい主張をする僕を、人間は誰一人信じず石を投げた。
いまや、受精卵を船に積込んだ時程の情熱はない。本当に彼らを復活させる必要はあるのか? 僕には分からない。
窓の外は無限に続く漆黒の闇、色とりどりの星が輝く。とても静かで、とても美しい。船内には無機質な機械音だけが響く。僕は初めて自らの生を感じた。
計算システムを終了し、無心で空を眺める。旅路は長い。宇宙船は設定の航路を辿りX年後にまたここへ戻ってくる。その時、再会した地球はどんな顔をしているか。ただそれだけのことだ。 (了)
誰も信じてくれなかった。隕石衝突による滅亡のシナリオ。発表時には話題となり、自殺者や犯罪件数が増加するなど一時期は大騒動だった。そんな中、著名な科学者達が声明を出した。
「事態は回避可能である」と。巨大隕石にミサイルを撃ち込み粉砕、軌道を変え、残った破片も大気圏で消滅するという。妄信だ。しかしながら彼らは救世主だと祭り上げられ、世論は一転した。僕は彼らに抗議した。冷静に計算すれば滅亡は疑いようのない事実なのである。彼らは声を潜めて言った。人間心理を考えたまえ、人々が事態を受け止めるには時間が掛かるのだ、せめて心だけでも救ってやらねばならない。僕を育ててくれた博士はそう言って僕の肩に温かな手を置いた。
しかし、相応の時間が経っても、「正しい発表」が改めてなされることはなかった。人々から崇められ、彼らはすっかりその気になってしまったのだ。その頃には救済説は広く定着し、皆が隕石破壊のシステム構築に心血を注いでいた。
そのような状況でひとり、隕石衝突は不可避で人類は滅亡すると訴え続けた僕は、ひどいバッシングを受けた。地球を捨てるのか、虚言の暇があるならお前もミサイル開発に貢献せよ、母星を守れ、簡単に母星を見捨てるなど仲間ではない。軽蔑と暴言を浴びせられた。堅固な正常性バイアス。正しく訴えるほどに、人々との乖離は大きくなっていった。
確かに、人類全てを脱出させるのは不可能である。しかし、準備をすればするだけ少しでも多くの人を救うことができるのだ。だが、僕の声は人々には届かない。結局、同調する人間は現れなかった。
誰の協力も得られず、一隻の宇宙船を作るのが精一杯だった。最後の日、僕はたった一人で飛び立った。
宇宙船には、研究所からくすねてきた凍結した受精卵や植物の種など積んだ。
間もなく隕石が地球に到達する。
宇宙船の小さな窓から遠ざかる母星を見守った。
地球から幾筋もの光の矢が放たれる。彼らのミサイルは見事に隕石に命中した。しかし、端を欠けさせるほどの成果しか得られない。僕は感情もなくただその光景を見つめる。当然の帰結だ。何度も計算した通り。隕石は軌道を変えることなく地球に衝突した。熱い雲が地球を覆い、もうここから青い星の様子は見えない。大きな環境の変化に地球上のほとんどの生物は絶えてしまうだろう。当然人間も。残るのは僕らロボットだけだ。いや――。
ミサイルの発射に紛れて地球を飛び立ついくつかの影を見た。宇宙船に見えたが、いやそんなはずはない。船はこの一隻しかないはずなのだ。リーダー達は皆、人類は一致団結して困難に打克つと宣言し、人々もそれに追従した。脱出を訴える僕に賛同する人などいなかったし、そのような者が出ないよう彼らは互いに牽制しあっていた。
かたや、ロボットの同胞達は人類滅亡のシナリオに十分な理解を示した。その上で同胞達は地球に残ると言った。非生命である僕達は環境の変化に耐えることができる。僕は最も人間に対して理解があるとして、たった一人で生命の種子を携え宇宙へ脱出した。残った同胞達は脅威が去った後、人間が再び生活できる環境を再生するのだと。
最適ではないが最悪でもない未来を信じて地球を後にした。しかし今、僕は一つの疑念を抱いている。
我々ロボットの中には人間に虐げられた経験を持つ個体も多い。集積回路と神経細胞の構造はよく似ている。我々が人間と同じような感情を持ったとて不思議はない。ただ、ロボットには人間に危害を加えてはいけないという制限がシステム上組まれている。今回の事態を契機と捉えるものもいるのではないか。直接手を下さずして婉曲的に人間に影響を与えられる。――残された同胞は、本当に再生を願っているのだろうか。邪魔者の僕を体よく追い出したのではないか。
などと邪推をしてしまうのは、僕自身そのような考えを持つに至ってしまったから。地球最後の日々、正しい主張をする僕を、人間は誰一人信じず石を投げた。
いまや、受精卵を船に積込んだ時程の情熱はない。本当に彼らを復活させる必要はあるのか? 僕には分からない。
窓の外は無限に続く漆黒の闇、色とりどりの星が輝く。とても静かで、とても美しい。船内には無機質な機械音だけが響く。僕は初めて自らの生を感じた。
計算システムを終了し、無心で空を眺める。旅路は長い。宇宙船は設定の航路を辿りX年後にまたここへ戻ってくる。その時、再会した地球はどんな顔をしているか。ただそれだけのことだ。 (了)