「小説の取扱説明書」~その56 下手な小説が題材
公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。
第56回のテーマは、「下手な小説が題材」です。
下手な文章の例文って難しい
直木賞作家の黒川博之さんは、刑事が書いた下手な小説を作家先生が添削するという設定の小説を書かれています。
その内容がなんとも笑えて、しかも、学びになるという出色の作品なのです。
ほんのさわりだけ紹介します。
以下は、山路という刑事が書いた刑事ものの一節です。
天高く馬肥ゆる秋。十月十二日の空は澄み渡り、鳶が心地よさそうに紺碧の空を飛翔している。大阪府警河南署刑事課捜査一係長の川上啓一郎はインスタントコーヒーを二杯飲んで新聞を読んでショートピースに火を点けた時に電話の呼び出し音が刑事部屋に響き渡った。川上刑事が通話口に緑色の脱臭剤の付いた黒い送受器を耳にあてたら、警電を掛けて来たのは平尾派出所の坂田清巡査だった。
(黒川博之「尾けた女」)
初めて書いた人がやりそうなことがふんだんに盛り込んでありますね。
下手に書くというのは案外難しいもので、ものを書き始めた頃から、正しい文章を書こう、書こうとしてきた人は、〈川上啓一郎は〉と書いて〈響き渡った〉で結ぶというよじれた文章は、書こうと思っても、頭の中のロジカルな思考が許さないと思うのですが、主人公の山路さん、いえ、作者の黒川先生、見事にやってくれています。
楽しみながら、学べる小説
さて、作中で作家先生はこう添削します。
「余計な文章?」山路は口を尖らせる。「どれがそうですねん」
「――わしは季節を表現しょうと思たんですけどね」
「この川上って警部は室内で新聞を読んでるんでしょ。空を見上げてはいない」
「それはセンセ、駅から署へ歩いてくる途中でトンビを見たんですわ」
「だったら、そう書いてください」
つまり、時間と場所を説明せないかんのですな
山路はノートを広げて《場所と時間経過の描写》と書く。
「まだある。……インスタントコーヒーを二杯飲んだとか、新聞を読んだとか、受話器に脱臭剤がついているとか、読者にとっては、どうでもいいことです」
「そやけどセンセ、こないだは、リアリティーが大事やというたやないですか」
「緑色の脱臭剤にリアリティーはないんです」
「わしら、刑事部屋ではインスタントコーヒーしか飲まんのでっせ」
「刑事がコーヒーを飲もうと、出がらしの茶を飲もうと、読者には関係ない。ショートピースはただ『煙草』にしたほうがいいし、電話の呼び出し音が響き渡ったというのも、表現としてはうるさい。受話器を鼻にあてる人間はいないし、警電という言葉も専門的すぎます」
黒川博之「尾けた女」)
作家先生、アドバイスが適切です。
人の振り見て我が振り直せ、ではないですが、この作品は、小説を楽しみながら、その書き方まで学べてしまうのですね。
その後、二人は改稿につぐ改稿で作品を仕上げていきますが……結末は同作をお読みください。光文社文庫『蜘蛛の糸』に収録されています。
(ヨルモ)
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公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。