「小説の取扱説明書」~その35 これぞエンタメという技法~
公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。
第35回のテーマは、「これぞエンタメという技法」です。
今回も小説で扱う時間について説明するために、テキストとして藤沢周平「ど忘れ万六」(『たそがれ清兵衛』所収)を使います。未読の方はご注意ください。
問題を解消させてスカッとさせる
前回、「ど忘れ万六」の導入部を紹介しました。
これが終わり、隠居に至った経緯が説明されると、いよいよ本題に入ります。
嫁の亀代が浮かない顔をしている。聞けば、顔見知りの片岡文之進という男とばったり会い、懐かしさから四半刻(30分)ほどお茶を飲んで話したが、それを大場庄五郎というごろつきに見られ、脅されていると言うのです。
江戸時代の茶屋はただの茶屋でもありますが、奥が座敷になっていて、今で言うラブホテルを兼ねているところがあります。
つまり、大場は不義密通の現場を見たと言ってゆすってきたのです。
そこで万六は片岡文之進に「お茶を飲んだだけだ」と証言してくれるように頼みに行きますが、片岡はなんだかんだと尻込みし、「まずは年の功で、ご隠居から先に駆け合って」などと逃げてしまいます。
万六は、仕方なく大場庄五郎を訪ねます。
途中、諏訪神社の境内にある道場に寄ります。今は道場はないが、かつて万六はここにあった居合道場で学んだことがあったのでした。
万六は大場を訪ねますが、大場は「言うことを聞けと言った覚えはない」ととぼけます。
万六は「では、お上に届ける」と言うと、大場は万六を路地に連れ出し、「届け出るというのならただでは済まさん」と言い、剣を抜きます。
刀が万六の頭上を襲ってくる。万六、大ピンチ。
しかし、次の瞬間、大場の刀は宙を飛び、大場はうずくまる。万六の居合の一撃が刀をはね飛ばし、返す峰打ちで大場の脛を払ったのでした。
ここはスカッと胸がすく場面です。
それも、ど忘れはするし、隠居のじいさんとバカにされているギャップがあるからこそ効果的なんですね。
しかも、なんの伏線もなくいきなり居合の技を見せたのではありません。
諏訪神社の境内の場面には、
いまは道場のことも、樋口万六の華麗な居合技のことも、口にする者はまずいない。
(藤沢周平「ど忘れ万六」)
と書かれています。
周到に話を作り込んでいます。
問題が解決したあとが大事!
大場をやっつけ、物語は終わりですが、このあと、静かなエンディングが待っています。
事件後、亀代は万六の身の周りの世話にも至れり尽くせりの心遣いを見せますが、それもひと月もすれば終わり、朝の膳を運んでくると、
「あとはおとうさま、ご自分でねがいますよ。今朝はすることがいっぱいあって」
(藤沢周平「ど忘れ万六」)
と元の木阿弥です。
「このナニも……」
万六はおかずを口にしながら、なかなかうまいではないかと思いますが、肝心の「鮒の甘露煮」という言葉が喉まで出掛かって出ません。
作劇法としては、「何事かあって、もとに戻る」というのが鉄則なのですが、実際、万六はヒーローから、もとの隠居老人にもどっています。
ここが、子ども向けの勧善懲悪のストーリーとは一味も二味も違う深いところですね。
(ヨルモ)
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ヨルモって何者?
公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。