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「小説の取扱説明書」~その34 小説で扱う時間~

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作文・エッセイ
小説の取説

 

公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。

第34回のテーマは、「小説で扱う時間」です。

今回は小説で扱う時間について説明するために、テキストとして藤沢周平「ど忘れ万六」(『たそがれ清兵衛』所収)を使います。未読の方はご注意ください。

短編では、そんなに長い時間は扱えない

大きい犬には大きい犬小屋が必要ですが、小さな犬は小さな犬小屋で十分です。

ということが、小説にもあります。

つまり、ある程度の枚数があれば、長い時間を扱うことができますが、短編の枚数ではそんなに長い時間は扱えません。

扱えば、長い時間をダイジェストしたような感じになってしまいます。

それなら、短編ではどれぐらいの時間を扱えば適当なのかというと、これという決まりはありません。

それを承知で言えば、「一日」「数日間」「一週間」といった短い時間です。

本編が終わったあと、後日談として「一年後」というのが出てきたりすることはありますが、本編で扱う時間は極めて短いのが普通と思ってください。

さて、藤沢周平の「ど忘れ万六」です。

万六は、隠居の身です。

冒頭のシーンでは、襖が開いて、嫁の亀代が朝食の膳を持ってきます。

「あれは、ナニは……」

万六は息子のことを聞こうとしますが、名前が出てきません。

老いが迫っており、そんな舅を亀代は粗末に扱い、それにかぶれて息子の参之助も父親に挨拶もせずに登城してしまっています。

作劇的には、ここで主人公の万六にハンディを与えているところがとても巧妙です。弱い主人公のほうが共感を持てるのですね。

それはさておき、冒頭の場面で万六が三杯目の飯椀を突き出すと、亀代は暗い顔で何か考え事をしています。

「何かあったのか」

万六が聞くと、亀代は肩を震わせて泣き出してしまいます。

ここまでが文庫本で3ページ分です。

全体が24ページですので、ほんの導入部です。

隠居に至った事件は、なぜ回想で書かれたか

このあと、万六が隠居に至った経緯が説明されます。

万六は普請組の小頭で、川の工事で働いている者たちに、

「まず川の中に残っている荷車や胴突きの道具をかたづける。つぎに木枠をはずしてそれが終ったら土固めにかかる」

と指示し、あとは部下に任せ、二里ほど離れた水門の見回りに行きます。

見回りを終え、元の工事現場に戻ろうとしたとき、四つの鐘が鳴ります。

「しまった」

万六は思い出します。四つになったら水を通してよしと、昨日、郡代屋敷に返事をしていたことを。

今日、川の工事で働いている者たちに指示をしたとき、このことを言い忘れていました。

幸い、水が通った頃にはかたづけはだいたい終わっており、水が来たときにまだ川に残っていた数人もすぐに避難して事なきを得ましたが、重大な要件をど忘れしたことから、万六は一年前の五十四歳で隠居したのでした。

この説明に6ページ要しています。

全体の1/4を費やしたわけで、その間、物語の進行は止まっています。

物語の進行を止めてまで、ここで6ページ分、時を巻き戻したのはなぜでしょうか。

冒頭で「万六のど忘れのせいで、危うく多くの人が事故に遭うところだった」という事件を書き、そのあと、万六は隠居を申し出て、さらに実際の冒頭部分にあたる朝食の場面、そして亀代が暗い顔をして泣いている場面につなげてはだめだったのでしょうか。

しかし、そうすると、危うく事故になりそうになった事件は一年前という設定になっていますので、全体で扱う時間が一年とちょっとということになってしまいます。

24ページの短編で一年は長い。間延びします。

それに、危うく事故になりそうになった事件はメインプロットから見ると、「隠居するに至った原因」というほんの説明です。

だから、メインのストーリーに組み込む必要はなく、「実はこんなことがあった」という回想で説明し、メインプロットで扱う時間を「ある数日」ぐらいにしたほうが、扱う時間が凝縮されて、読者としては「現場」に立ち会っている感じがでるのです。

結果、作品の密度が濃くなって、まとまりがよくなりました。

作者は、これがわかっていて、敢えて事故になりそうな事件を回想にしたのです。

(ヨルモ)

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ヨルモって何者?

公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。