リレー小説 課題2「お父さん」第5話
表札に視線を投げかけ唇を噛んでいた大井が口を開いた。
「あの日、父の幼なじみの杉本が来て、いろりを囲みコップ酒を呷あおっていた。杉本は当時町会議員だった。父の薄い肩に手をまわし『なあ、町の繁栄のために応援してくれよ』と猫なで声を出していた。町会議員選挙が間近だったんだ。いろりの横には、ふろしき包みがあった。分厚い札束だろうと柱の陰で思いつつ、俺は息を殺して見ていた。あの金は山林の杉を伐採して得た、ガンで入院中の祖父のための費用だった。父が杉本に金を渡そうとしたとき、俺は『お父さん、大切な金じゃないか』と怒鳴りながら、ふろしき包みを抱えふるえる父に殴りかかった。『おい、よせ、やめろ』と杉本の訛り声がした。まなし、杉本は、ばつが悪そうに背中を丸めて無言で帰っていった。父は上目遣いに俺をにらみ、憎しみの目を向けていた。俺は、いたたまれず外に飛び出た。たかぶった気持ちのまま走り続け、いつしか菩提寺の墓に来ていた。そこで足元がふらつき転んで、墓に頭をぶつけて記憶を失くしてしまったんだ」
宮田はそれを聞いて、
「よく思い出したな、もう記憶はすべて戻ったんだな。大井、お前、殴ったのは悪いが、父親を助けたんだ。お父さんも心の中では感謝しとるぞ」
「そうかなあ」
大井はそう答えてから、山の彼方に視線を向け、手を広げ大きく息を吸い吐いた。