ヨルモの「小説の取扱説明書」~その19 セリフのコツ~


公募ガイドのキャラクター・ヨルモが小説の書き方やコツをアドバイスします。ショートショートから長編小説まで、小説の執筆に必要な情報が満載の連載企画です。
第19回のテーマは、「セリフのコツ」です。
「と言った」は多用しない
欧米の小説では、
“I love you” he said.
のように、かなり頻繁に「said」が出てきます。
一方、日本の小説作法の場合は、「 」で書いているのだから、「~と言った」は言わずもがなだろう、と考えます。
そこにきて、日本語の文章作法には、「同じ言葉は(できれば)繰り返さない」があり、「と言った」ばかり書いていると、語彙が少なく、工夫がないような印象を持たれます。
それで、必要なければ「~と言った」を削るわけですが、ときどき、必要のある「と言った」を削ってしまい、「これ、誰のセリフだ」と思ってしまう原稿もあります。
「と言った」は削っても、誰が言ったセリフかは明確でないといけません。
セリフの主を主語にすれば、話者だとわかる
よい例を見てみましょう。
横山秀夫『クライマーズハイ』です。
同作は、御巣鷹山に墜落した日航機の事件を扱う地方新聞の記者の話です。
とりあげる場面は、編集会議の模様です。
主人公の悠木は日航機事件のデスク、粕谷は編集局長、追村は同次長、等々力は社会部長です。
悠木が今日の紙面立てのプランを話し、それについて議論がなされます。
「じゃあ、やるか」
粕谷がソファに巨体を移し、追村と等々力も座り直した。
「今日の紙面建てだ。悠木、お前の考えを言ってみろ」
一つ頷き、悠木は口を開いた。
「柱はおそらく四つになると思います」
「四つ? 多いな」
悠木はメモ帳を開いた。
「まずは山での遺体搬出作業。これは間もなく始まります。次いで藤岡市民体育館で行われる遺族と遺体との対面。あとは生存者の証言と事故原因です」
「事故原因についちゃあウチはお手上げだ。それに後部ドアの破損で決まりなんだろ?」
「いや、尾翼の破損のほうが可能性が高いようです。詳しいことはわかりませんが」
「尾翼な……。まあ、いずれにしても共同に頑張ってもらうしかないな」
投げやりに言って、粕谷は背もたれに百キロ近い体重を預けた。
悠木は引き戻すように言った。
「端から捨てる手はないでしょう。事故調が今日現地入りします。次席クラスが泊まり込むようなので、工学部出の玉置を張りつけてみるつもりです」
「ああ、やるだけはやってみろ」
「そうします。続いて遺体の搬出作業ですが」
(横山秀夫『クライマーズハイ』)
まず、最初のセリフに連動する地の文。
ここには、
〈粕谷がソファに巨体を移し、追村と等々力も座り直した。〉
と書いてあります。
〈粕谷はそう言い、巨体を移し、追村と等々力も座り直した。〉
と書いてもいいですが、「粕谷が」または「粕谷は」のように、セリフの人物を主語にし、その人物の動作を書くことで、彼がセリフの主だとわからせています。
「~と言った」と書かなくても、セリフの主の動作や様子を書けばいいということですね。
言い方で誰のセリフか示す
一方、そのあとも、〈悠木は口を開いた〉という地の文があるだけで、「~と言った」に類する地の文はでてきません。
この場面にいるのは四人ですが、ここではもっぱら粕谷編集局長と主人公の悠木の二人でしゃべっています。
このような場合は、最初にセリフの主を示し、あとは交互にしゃべらせれば、セリフの主は自ずとわかります。
ただ、できれば、どっちがどっちのセリフか、セリフからもわからせたほうがよく、例文では組織の中の立場の違いが“言い方”に現れています。
粕谷は上司なので仕切るような話し方をしていますが、悠木は部下ですので敬語で話しています。
“言い方”で誰のセリフか示すというのも、セリフの主を示す方法の一つです。
(ヨルモ)
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ヨルモって何者?
公募ガイドのキャラクターの黒ヤギくん。公募に応募していることを内緒にしている隠れ公募ファン。幼馴染に白ヤギのヒルモくんがいます。「小説の取扱書」を執筆しているのは、ヨルモのお父さんの先代ヨルモ。