リレー小説 課題2「お父さん」第2話
思い出話をしていた大井は、いったん口を閉じた。
「頭を打って、そのまま病院に運ばれて、十九年間、記憶喪失だった、ってんだろ」
宮田が笑うと、大井は十九年前を思い出すように目を閉じた。
「意識は戻ったが、親父の顔もお袋の顔もわからなかった。見知らぬ老夫婦が俺のことを息子だと言うし、わけがわからなかった」
そのとき、大井は父親と暮らすことを拒否した。無意識の中にある記憶が父親を拒絶したのかもしれない。
「それでみよ子というおばさんに引き取られ、介助してくれていた女性と結婚し……記憶が戻ったのは去年だった」
大井はそうだとうなずいた。宮田とは記憶を失ってから知り合ったが、この話は何度となくしてきた。
「記憶が戻ったといっても曖昧な部分もあるし……故郷も親父もお袋もいまだに肉親という感じがしない」
だから父親の葬式に行っても悲しいとは思えず、肉親に死なれ、悲嘆に暮れた息子を演じ続けるのがつらかった。
また、普通の人なら懐かしいはずの故郷も、二十年ぶりに訪れてみると様変わりしており、大井にとってはただの見知らぬ田舎だった。
二十歳で記憶喪失になって二十年、大井は二十代、三十代を別人として生きてきたのだ。
「おまえ、今度の休日、予定ある?」
宮田は首を振った。
「一緒に俺の田舎に行ってくれないか」
大井は思いつめたような顔で言った。
「この前、帰省したとき、田舎の景色をなぜ怖いと感じたのか、親父をなぜ人造人間のようだと思ったのか、確かめてみたいんだ」