山のパン屋さん
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山のパン屋さん
山本美晴
山に囲まれたのどかな場所に小さなパン屋がありました。店の名前は「山のパン屋さん」。エントツのついた赤い屋根とベージュ色の外壁が目印です。外壁にはパンの絵が描かれ、店の入り口には季節の花が飾られていました。花の甘い香りとパンの香ばしい匂いが辺り一面に広がり、お客さんを笑顔にしてくれます。老夫婦のシンさんとミナさんが助け合いながら働いていました。
朝七時、山のパン屋さんの開店の時間です。
「いらっしゃいませー」
ミナさんの大きな声が店内に響き渡ります。
すると、シンさんも厨房から顔を出し、ミナさんに負けないくらいの大きな声で、「いらっしゃいませー」とあいさつします。どんなに忙しいときも、お客さんが店に入ってきたらあいさつすることを忘れないようにしています。
「シンさん、いつもおいしいパンを作ってくれてありがとう」
お客さんの言葉に、照れながらも笑顔を見せます。シンさんにはその言葉が何よりもうれしかったのです。パンをこねる手に一段と力が入ります。
ミナさんはパンを売ったりレジを打ったりしています。コロコロとよく笑う明るい性格のミナさんはお客さんの人気者です。シンさんとは正反対のふくよかな体型をしています。
若いお母さんが幼い子どもたちを連れて店にやってきました。
「ママ、ぼくタマゴパンがいい!」
「ルナはクリームパンがいいな。ウサギさんのかたちをしたクリームパン!」
子どもたちは目の前に並んだパンを見て大はしゃぎ。
「タッくんはタマゴパンで、ルナちゃんはクリームパンね」
お母さんは笑みを浮かべながら言います。
レジでミナさんが値段を伝えると、男の子がお金を渡します。
「ミナさん、またくるねー」
「バイバーイ」
子どもたちはミナさんに笑顔で手を振ります。買ったパンを大事そうに抱えながら、お母さんと店を出ました。
夕方五時、山のパン屋さんの閉店の時間です。
その日最後のお客さんが帰った後、シンさんとミナさんは店の片づけを始めます。今日もお客さんがパンを買いにきてくれたことが二人にとって一番の喜びでした。
「明日もお客さんがたくさん来るといいわね」
ミナさんの言葉に、シンさんはうんうんとうなずきます。
そのとき、店の裏口のドアをノックする音が聞こえました。
「こんな時間にだれかしら」
ミナさんが外に出ると、女の子が立っていました。年齢は六歳くらい。おかっぱ頭にクリッとした目。白いTシャツを着て、赤いスカートをはいています。
「一人で来たの? お母さんと一緒じゃないの?」
ミナさんがきくと、女の子はコクンとうなずきます。
「おかね」
女の子は左手に握っていたものをミナさんに見せます。
ミナさんはキョトンとします。女の子の手の平にのっていたのは、一枚の葉っぱでした。
女の子は自分の手の平を見て、目をパチクリさせます。お金を持ってきたつもりだったのでしょう。女の子は今にも泣きそうな顔をしていました。
「持ってきたお金でパンを買おうとしたのね」
ミナさんの言葉に、女の子は何度もうなずきます。すると、女の子のお腹がクーッと鳴りました。
「あらあら、お腹すいてるのね」
ミナさんは笑みを浮かべながら言います。
店にメロンパンが一個残っていたことを思い出しました。
「中に入って。メロンパンならあるわよ」
ミナさんがそう言っても、女の子は中に入ろうとしません。
「お金はいらないわ。お店で食べて帰ったらいいわ」
ミナさんの言葉に、女の子はニッコリと笑います。
ミナさんと一緒に店の中に入ります。
片づけを終えたシンさんも、小さなお客さんを笑顔で迎え入れます。
女の子はメロンパンをおいしそうにムシャムシャ食べます。よほどお腹がすいていたのでしょう。あっという間に食べてしまいました。
シンさんとミナさんは、女の子を温かい目で見つめます。
女の子は二人にペコリと頭を下げると、店を出ました。
女の子を見送りに外に出た二人は、あっと声を上げます。
女の子は子ダヌキの姿になって山に帰っていきました。