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光のよつ葉のクローバーとぼくと木

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光のよつ葉の

クローバーとぼくと木

Pure branches

空のうえからおりてきた。スーッとまっすぐに。白くてふかふかしている、あまいにおいのよつ葉のクローバー。ほんのり光っている。なつかしいかんじがする。

たぶんぼくがさいしょに気づいたかな。ちいさなぼくは、りょう手でうけとめた。まっすぐおりてきたのに、わたあめみたいにやわらかくてあたたかい。まわりをみわたすと、ほかのちいさなひとたちも手にしていた。ぼくがそうかんじていたように、すてられた子ねこをそっとだくようにしてみている。

ぼくたちのちかくにはとってもおおきな木がある。葉がしげり、木ぜんぶがかがやいて風にゆれている。木はぼくたちをいとおしむようにみている。それから声がきこえてきた。

「はじめまして。まえにもここにきたことがあったかしら」

と、ほほえんでくれる。

その声もまた、なつかしくかんじた。

どれくらいたったかな。もうおうちにかえらなきゃ。ずっとながめていたクローバー。なんでかわからない。おうちにもってかえると、きえてしまいそうな気がした。それがとてもこわくて、かえらないでここにいようか、それともためしにもってかえってしまおうかともおもった。すると、木は、

「わたしのあしもとにおいておかえりなさい。またここにくればいいわ。それまでわたしがみていましょう」

そうか、うん、そうだね、それがいい。木のこえをきいたほかの子たちもほっとしている。みんなそこにおいてかえることにした。そーっと、光がきえてしまわないように木のあしもとにおいた。すると、手のひらの中でかがやいていたときよりも、木の色や葉の色、あしもとの草の色にまざりあって、まぶしく光りかがやいている。ぼくはそれをみたらなんだかほっとした。

「ありがとう。またここにもどってくるからそれまでよろしくね」

そういって木にあいさつをした。

おなかすいたなぁ、おうちにかえろう。

それから……。僕は何度も季節を通りすぎた。クローバーのことは覚えていたんだ。頭の中のその色は光の中の真っ白な色。まぶしい光の中にそっと静かにいる。なのに、どうしてかな。ここのところその色の記憶をたどってもうまくできなくて。血の色みたいなどろっとした赤だったり、奥深い海の底にいても見られないほどの青色だったり。僕のそばにやってくる小鳥がどこにいるのか見わけられない、そんな灰色だったりもする。唯一明るい太陽のようなまぶしい黄色は、光が強すぎて顔を上げることもできない。それからあまいにおいもしていないんだ。あの香りだけは忘れないはずなのに。大好きなグミでもいちごのケーキでもなくて。それさえ思い出せればうまくいきそうなのに。味わって感じられる甘さじゃないことだけはわかるんだ。

ふわふわしているわたあめみたいな白いクローバー。手にしたあのときの感覚は、無限のたくさんのクローバーが絨毯(じゅうたん)のように敷きつめられていたところから僕のところに降りてきてくれたことだけはわかった。

でも今は、ふわふわしたわたあめのようなものではなくて、溶けてしまった実体のない葉っぱだ。温かさもない。いつからだろう。あのときは簡単に思い出せたのに。気づいたら時がたっていて、それがあったことも忘れてしまっていた。僕と同じように手にした子どもたちはどうしているんだろう。僕と同じなのだろうか。そう思ったとき、あの大きな木のことを思い出した。足元にそっと置いたクローバーが光っている風景を。そうか、あそこに行けば思い出せる。僕はどうしても思い出したかった。一日ずっとそんなことを考えていた。

その夜、ベッドに入ってからまもなく眠りに入った。ふわふわした温かなふとんに包まれて夢をみていた。今まで何度もみてきた光景。楽しかった子どもの頃のこと。逃げ出したくなるような場面は断片的に。意味なく思えるように単々と過ごしてきた日々も。目を閉じている僕の夢に全部あらわれた。足元に置いて光り輝いていたクローバーとあの大きな木も。ああ。そうだ。あの日と同じ。いや、もっと輝いている。手をのばそうと、僕はそれに近づこうとしている。手が届こうとした瞬間、クローバーは消えてしまった。木の色や足元の緑と交ざりあった金色に輝くクローバーがそこにはない。木はもうそこにはいない。木の代わりに見えたのは、大地でもなく子どもたちが遊べる場所でもなく、僕に見えていた灰色の地面だった。通りもあって人も大勢歩いている。あの木がまとっていた静けさもない。

そこで僕は夢から覚めた。朝がきていた。まだ夢の記憶はのこっている。迷子になっていた僕は、夢でクローバーと木と、それから小さな幼いあの頃のぼくをみつけられた。もう忘れたくないあの香りやあの感触を。あの光景を。どうすれば記憶をつなぎとめられるだろうと、ベッドの下に目をやると昨日息子がひろってきたどんぐりの実としおれたクローバーがあった。ベランダのプランターの土にすぐに植えてみた。どんぐりの実は木になることを、クローバーは新たな芽を出すことを想像しながら。これを見たらすぐにこの夢の記憶がよみがえるように。