孤独な画家
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孤独な画家
maya
あるところに、「孤独な画家」とよばれる一人の男性がいました。彼は物心つたころから、絵を描くことが大好きで、毎日、ただひたすらに、絵を描いていました。彼の描く作品はどれも素晴らしく、多くの人の心をつかみましたが、彼は孤独な人でした。
家族のもとを離れ、友人や恋人もなく、小さなアパートに一人暮らし。
彼のファンができても、大きな賞を受賞したとしても、彼にとっては、どうでもいいことでした。
世間に彼の名が広まり、彼の画集が出版され、サイン会を行ったこともありましたが、それもたった一度だけ。
彼の才能に惚れ込み、多くの企業や資産家が彼に作品を描いてほしい、と依頼をしましたが、彼は断り続けました。
彼が大切にしていたことは、「自分が描きたい」と思ったことを描くことだったので、世間の評価を気にせず、他人とのつながりよりも、絵を描く時間のほうが大事でした。
そうしていくうちに、彼は「孤独な画家」と言われるようになりましたが、彼にとっては、やはり、どうでもいいことでした。
ある日のこと。
近所にある、彼のお気に入りの公園で絵を描いていると、一人の男の子が声をかけてきました。少々、迷惑そうに男の子に挨拶をかえしたとき、あるものに目がとまりました。男の子は白杖と彼の画集をぎゅっと握りしめていたからです。男の子は、緊張しながらも、笑顔で話し始めました。
「急に話しかけてごめんなさい。僕、どうしてもあなたに会いたくて、一人できました」
彼は、少し考えてから、
「……一人で……。よくこの場所がわかったね」
と返しました。すると男の子は、手に持っていた画集を広げ、
「あなたがこの時期によくこの公園で絵を描いていると母から聞いて。まさか、本当に会えるなんて、うれしいです!」
男の子は満面の笑みを浮かべながら、
「僕も絵を描くことが大好きで、あなたに憧れていました。でも、病気で目が見えなくなってしまって。そんなときに、母があなたのサイン付きの画集を購入してきたんです。僕、もう目は見えないけど、諦めたくないなって思ったんです」
そう伝えると、男の子は一枚の画用紙を取り出しました。
「これは、僕が描いた絵です。といっても母に手伝ってもらいながら描きましたが」
男の子は苦笑いしながら話しました。
彼はまた、しばらく考えると、
「君のこの絵をもらっていいかな?」
と男の子に伝えました。
男の子は一瞬、びっくりしましたが、うれしそうにうなずき、彼にその絵を渡しました。
その後、男の子は満足そうに白杖を使いながら帰っていきました。
彼は男の子に影のようについていく一人の女性と目があうと、お互いに軽く会釈をして、その場を去っていきました。
数週間後、彼は人生で初めて手紙を書きました。
盲目の少年へ。
この前は、はるばる一人で私に会いに来てくれてありがとう。
その後、君は無事に帰れただろうか?
さて、君がくれた一枚の絵。その感想を伝えるのなら、とても上手だとは言えないし、誰も何も感じず、一瞬にして忘れてしまうだろう。
でも、私は君が描いてくれた絵をみて、とても感慨深い気持ちになっている。もしも、私が君と同じように目が見えなかったら……画家になっていただろうか? 真っ暗な孤独な世界に挫折して諦めていたかもしれない。
それでも、君は私に会いにきて、描くことをやめない、と言っていたね。きっと、孤独とは強さであり、情熱でもあるのだろう。君と出会い、初めて他人の情熱を分かちあいたいと思った。その気持ちを一枚の絵にした。君と君のお母さんに敬愛の意を込めて、これを返礼の作品とする。君は気にいってくれるだろうか?
孤独な画家より
彼は、この手紙と自身の作品を、全く関心のなかったメディアに送りました。次第にこの話題は世間に広まり、その声は、盲目の少年を支援するながれへと変わっていきました。
最後にとある人が彼に、
「なぜ、メディアに対して手紙と作品を発表したのですか」
と質問をしました。
彼は答えました。
「私以上の情熱をもつ少年と、その絵の美しさを世間に知ってほしかったからだ」と……。