日本ファンタジーノベル大賞について
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
今回は、日本ファンタジーノベル大賞について、触れることにする。
前回、第二十二回の大賞受賞作、紫野貴李さんの『前夜の航跡』は、長編ではなく、短編連作集だった。毎回、主人公は交替する(発売された単 行本の第五話の『哭く戦艦』は第一話の『左手の霊示』と同じく芹川達人中尉(第五話では大尉)だが、この作品は応募作には含まれておらず、受賞後第一作と して小説新潮に掲載された書き下ろし作品)。
ただ、仏師の笠置峻作・亮佑の父子が、五話の全部に物語の重要なキーとして絡む。
正確に言えば、この父子のいずれかが彫り上げた彫刻が、奇跡的な霊力を発揮して、四話の主人公を未曾有の窮地から救うのである(『哭く戦艦』のみが微妙に異なる)。
さて、紫野さんの受賞談に「過去の経験から、この作品も一次予選で落ちそうという、妙な自信がありました」とあるが、さも有りなん、と思 う。受賞作は、まさにホラー・ファンタジーの〝王道を行く物語〟に、ほかならないからである。『前夜の航跡』が扱っているのは、現世に恨みや後悔の念を強 く残している幽霊や、事物に宿る霊、神仏の奇跡などなど、全て過去の既存作において数多く取り上げられた〝既存アイテム〟ばかり。
当講座で何度も書いていることだが、新人賞選考は基本的に応募者の創造力・想像力を見るもので、応募作に何かしら〝新奇のアイディア〟が盛り込まれていることを求める。
既存アイテムを組み合わせただけで、斬新なアイディアが見当たらない場合には、いくら物語自体が面白く書かれていても「創造力・想像力に難 あり」と見なされて、九十九%、落とされる。そのくらい厳しいが、百%落とされるわけではない。一%は予選を通過してビッグ・タイトルの大賞にまで届く可 能性があるわけで、どうすれば、その〝狭き門〟を通過できるかを『前夜の航跡』は示してくれたと言えるだろう。
「新奇のアイディアを捻り出したいが、どうしても思いつけない。使い古された既存アイテムしか出てこない」と嘆いている人は『前夜の航跡』を分析しながら読んでみると良いだろうと思う。
ところで、『前夜の航跡』を読み始めた時だが「どこかで読んだ文章だ」という既視感を抱いた。それが第三話の『冬薔薇』まで読み進めて、ようやく、はっきりと分かった。
『冬薔薇』は五年半ほど前、第七十六回の講座で取り上げさせてもらった、約三十枚ほどの短編だった。紫野さんは応募作では、これを百枚以上の枚数にまで書き込むことで内容を格段に充実させておられる。
元原稿の三十枚という枚数だと、まず絶対に単一主人公で押し通さなければならず、またエピソード的には一日か、長くてせいぜい数日間の出来事で纏めなければならない。
その点で『冬薔薇』は、単一主人公で押し通しているのは良かったが、取り上げられているエピソードが半年近くに亘っているため、随所に無理が生じて長編の粗筋のようになってしまった。この時、私は次のようなコメントをしている(部分的に改変)。
不出来なのかというと、そうではない。長編のプロットのつもりで読んでみると非常に面白く、上手に仕立てれば、かなりの傑作になるのではな いかと感じた。文章もお上手だし、時代・軍事考証なども、しっかりされている。きちんと情景描写をし、登場人物同士の台詞の遣り取りを入れ、主人公のキャ ラを浮き立たせること。小説をダイジェストで書かないこと。病に倒れた主人公は長期療養の診断になり、海軍病院からサナトリウムに移され、半年の療養で治 癒しなければ除籍されることになるが、その辺りの事務官との遣り取りも、シーンにしたい。また、元原稿にあった肝心の箇所は、次のようである。
『ある晴れた日、「ようっ」と、いきなり病室に入ってきたのは、韮沢だった。小脇に風呂敷包みを抱えていた。』韮沢は主人公と交代に早蕨の 機関長になっていた。ところが早蕨は台湾沖で暴風に遭遇し、沈没して大勢の殉職者を出していた。韮沢はその一人、つまり主人公の前に現れたのは幽霊で―― という、ジャンル分類すればホラーになる。
ホラーといっても恐怖話ではなく、韮沢が主人公の身を気遣って、見舞いのために仏師の笠置亮佑に薔薇の彫刻の制作を依頼し、完成を待たずに海難死したものだから幽霊となって笠置宅から半完成品の彫刻を持ち出し、届けに現れた――という心温まる話である。
で、その二日後、持ち出された彫刻を追って作者の笠置が主人公の病室に現れる。
『完成していないのに、自分の留守中に韮沢が作品を強引に持ち去ったと、亮佑はぼやいた。代金も未払いだという。そうは言いながら、亮佑に 立腹している様子がうかがわれなかった。呆れ果てて逆に笑いたくなるという具合に見えた。(中略)今日ここへ来たのは、作品を完成させるためだという。わ ざわざそのために奈良から伊予にやって来たのかと、私は驚いた。未完成品を渡すのは職人根性に悖ると、亮佑は言った』
この辺りのエピソードも、ダイジェストになっており、実に惜しかった。きっちり書き込むべきだし、そうしたほうが遙かに良くなる――と私はコメントした。
紫野さんは見事なまでに忠実に従って傑作に仕上げてくださった。当講座では初めての快挙である。
きっちり書き込んで、できるだけ〝泣き〟の要素を入れる。これが、新奇のアイディアが思い浮かばない場合の解答であることを『前夜の航跡』は見事に示してくれている。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
今回は、日本ファンタジーノベル大賞について、触れることにする。
前回、第二十二回の大賞受賞作、紫野貴李さんの『前夜の航跡』は、長編ではなく、短編連作集だった。毎回、主人公は交替する(発売された単 行本の第五話の『哭く戦艦』は第一話の『左手の霊示』と同じく芹川達人中尉(第五話では大尉)だが、この作品は応募作には含まれておらず、受賞後第一作と して小説新潮に掲載された書き下ろし作品)。
ただ、仏師の笠置峻作・亮佑の父子が、五話の全部に物語の重要なキーとして絡む。
正確に言えば、この父子のいずれかが彫り上げた彫刻が、奇跡的な霊力を発揮して、四話の主人公を未曾有の窮地から救うのである(『哭く戦艦』のみが微妙に異なる)。
さて、紫野さんの受賞談に「過去の経験から、この作品も一次予選で落ちそうという、妙な自信がありました」とあるが、さも有りなん、と思 う。受賞作は、まさにホラー・ファンタジーの〝王道を行く物語〟に、ほかならないからである。『前夜の航跡』が扱っているのは、現世に恨みや後悔の念を強 く残している幽霊や、事物に宿る霊、神仏の奇跡などなど、全て過去の既存作において数多く取り上げられた〝既存アイテム〟ばかり。
当講座で何度も書いていることだが、新人賞選考は基本的に応募者の創造力・想像力を見るもので、応募作に何かしら〝新奇のアイディア〟が盛り込まれていることを求める。
既存アイテムを組み合わせただけで、斬新なアイディアが見当たらない場合には、いくら物語自体が面白く書かれていても「創造力・想像力に難 あり」と見なされて、九十九%、落とされる。そのくらい厳しいが、百%落とされるわけではない。一%は予選を通過してビッグ・タイトルの大賞にまで届く可 能性があるわけで、どうすれば、その〝狭き門〟を通過できるかを『前夜の航跡』は示してくれたと言えるだろう。
「新奇のアイディアを捻り出したいが、どうしても思いつけない。使い古された既存アイテムしか出てこない」と嘆いている人は『前夜の航跡』を分析しながら読んでみると良いだろうと思う。
ところで、『前夜の航跡』を読み始めた時だが「どこかで読んだ文章だ」という既視感を抱いた。それが第三話の『冬薔薇』まで読み進めて、ようやく、はっきりと分かった。
『冬薔薇』は五年半ほど前、第七十六回の講座で取り上げさせてもらった、約三十枚ほどの短編だった。紫野さんは応募作では、これを百枚以上の枚数にまで書き込むことで内容を格段に充実させておられる。
元原稿の三十枚という枚数だと、まず絶対に単一主人公で押し通さなければならず、またエピソード的には一日か、長くてせいぜい数日間の出来事で纏めなければならない。
その点で『冬薔薇』は、単一主人公で押し通しているのは良かったが、取り上げられているエピソードが半年近くに亘っているため、随所に無理が生じて長編の粗筋のようになってしまった。この時、私は次のようなコメントをしている(部分的に改変)。
不出来なのかというと、そうではない。長編のプロットのつもりで読んでみると非常に面白く、上手に仕立てれば、かなりの傑作になるのではな いかと感じた。文章もお上手だし、時代・軍事考証なども、しっかりされている。きちんと情景描写をし、登場人物同士の台詞の遣り取りを入れ、主人公のキャ ラを浮き立たせること。小説をダイジェストで書かないこと。病に倒れた主人公は長期療養の診断になり、海軍病院からサナトリウムに移され、半年の療養で治 癒しなければ除籍されることになるが、その辺りの事務官との遣り取りも、シーンにしたい。また、元原稿にあった肝心の箇所は、次のようである。
『ある晴れた日、「ようっ」と、いきなり病室に入ってきたのは、韮沢だった。小脇に風呂敷包みを抱えていた。』韮沢は主人公と交代に早蕨の 機関長になっていた。ところが早蕨は台湾沖で暴風に遭遇し、沈没して大勢の殉職者を出していた。韮沢はその一人、つまり主人公の前に現れたのは幽霊で―― という、ジャンル分類すればホラーになる。
ホラーといっても恐怖話ではなく、韮沢が主人公の身を気遣って、見舞いのために仏師の笠置亮佑に薔薇の彫刻の制作を依頼し、完成を待たずに海難死したものだから幽霊となって笠置宅から半完成品の彫刻を持ち出し、届けに現れた――という心温まる話である。
で、その二日後、持ち出された彫刻を追って作者の笠置が主人公の病室に現れる。
『完成していないのに、自分の留守中に韮沢が作品を強引に持ち去ったと、亮佑はぼやいた。代金も未払いだという。そうは言いながら、亮佑に 立腹している様子がうかがわれなかった。呆れ果てて逆に笑いたくなるという具合に見えた。(中略)今日ここへ来たのは、作品を完成させるためだという。わ ざわざそのために奈良から伊予にやって来たのかと、私は驚いた。未完成品を渡すのは職人根性に悖ると、亮佑は言った』
この辺りのエピソードも、ダイジェストになっており、実に惜しかった。きっちり書き込むべきだし、そうしたほうが遙かに良くなる――と私はコメントした。
紫野さんは見事なまでに忠実に従って傑作に仕上げてくださった。当講座では初めての快挙である。
きっちり書き込んで、できるだけ〝泣き〟の要素を入れる。これが、新奇のアイディアが思い浮かばない場合の解答であることを『前夜の航跡』は見事に示してくれている。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。