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『幽』怪談文学賞

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作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

『幽』怪談文学賞

今回は、「短編部門」と「長編部門」の二部門があり、短編部門は六月一日締切、長編部門は八月一日締切の『幽』怪談文学賞について論じる。メール添付での応募(テキスト形式ファイルもしくはワード・ファイル)が可能な新人賞の一つである。


このメール添付応募について、印刷して送る応募作に比べて選考が不利に働くのではないか、という趣旨の質問をしてこられる方が、けっこう多いのでお答えしておくと、そんなことはない。受け取る出版社の立場で答えると、応募作はコピーを取って一次選考の選考委員に回す。この、コピーの手間が意外に面倒な作業なのである。その点、メール添付応募だと、単にデータを選考委員に転送すれば済む。選考委員が、それをパソコンのディスプレー上で読んで当落の判定を下すか、わざわざ印刷してから読んで判定するのかは自由である。コピーの手間もコピー用紙代も不要だから、出版社にとってはありがたいのだ。


休止になってしまったが、さくらんぼ文学新人賞のように、メール添付応募に限定の新人賞もある。また、ポプラ社小説新人賞のように手書き原稿不可の新人賞も存在する。


パソコンで原稿を打ち、メール添付で作品を応募するのは、時代の流れである。応募要項に「手書き原稿不可」と書いていなくても、手書き原稿であればコピーの枚数も増えるし、仮に大賞授賞となったら、それをタイピストに発注して電子データに変えてもらう必要があり、そこでまた、余分な経費が必要となるから、出版社にしてみれば全く嬉しくない。


下読み選者も、その辺りの事情は呑み込んでいるから、どうしても手書き原稿を見る目は、印字原稿や電子データ原稿に対してより厳しくなる。「手書き原稿のほうが熱意が編集部や選考委員に伝わる」という〝大いなる勘違い〟をしているアマチュアが意外に多いので、くれぐれも、そういう時代錯誤的な思い込みを早々に払拭するように注意しておく。


さて、『幽』怪談文学賞受賞作では第四回の短編賞受賞作である神狛しず『京都怪談おじゃみ』(受賞作を含む短編集)と第五回の長編部門大賞受賞作である三輪チサ『死者はバスに乗って』を取り上げる。どちらも共通項は〝幽霊〟である。『幽』怪談文学賞は初期の頃はホラー小説大賞と酷似していたが、徐々に授賞傾向に差が見え始めた。そのキーワードが〝幽霊〟で、この賞を狙う人は、この二作を読み比べてみることをお勧めする。


まず、『死者はバス』のほうだが、基本ストーリーは「車体に動物の絵が描かれた幼稚園バスが事故を起こす。事故を目撃したのは、弟を踏切事故で亡くした女子高生の対馬奈美、子供をDV夫に殺された美容師の絵梨香、事故で息子を亡くした奈美の隣の家の石田さん等々、幼い子供の死に関わった人たちだけ、という特徴がある。その数日後に、彼女たちの元に、亡くなった子供たちの霊が帰ってくる。後半は一転、熱血刑事と霊が見える大道芸人の二人が事件を解決していくミステリー仕立て」で、群像劇の構成で視点が次から次へと移動する。

どうしても群像劇は感情移入しにくく、そのためにアマゾンのレビューも評価が低い。評価が良いほうでも「死んだ子供たちが幼稚園バスに乗って帰ってくる、という怪談系のこわーい話。とにかく、幽霊の描き方がとてもうまい。もう、ざわざわとして、怖い」と、ここまでは良いのだが、「ただ、登場人物がやたら多く、しかも濃いキャラがてんこ盛りだったので、どこに焦点を合わせていいのかわからない部分もあるのが残念。背景をもっと書き込んであれば、さらに怖さが増したのに」というように、感情移入しにくいが故に後半に腰砕けになっていく様子が窺われる。変にミステリー的に辻褄を合わせて事件解決、という方向を打ち出そうとしたことが、最大の失敗要因かと思われる。


それに対して『おじゃみ』は現代劇で、通常、この手の幽霊物語は、時代劇なら成立するけれども、現代劇だと、怖さよりもリアリティのなさのほうが先立ってしまって、シラケる。それが、全然シラケない。変に辻褄合わせをしていないのが良く、どの話も(それぞれ独立した全く別個の物語だが)、ほとんど辻褄が合わないまま、不条理なままで、放り出すように終わっている。そこが良い。

そもそも幽霊などといった怪異現象は、不条理なものなのであるから、下手に辻褄を合わせようなどと考えるべきではないのだ。

『おじゃみ』は受賞作以外の短編も全て受賞作と同等以上に出来栄えが良く、ユニークである。作者が、ひたすら〝ユニークな発想〟〝前例のない新奇の恐怖アイディア〟を求めたことが読み取れる。

幽霊は、怪談では最もオーソドックスな素材であるから「どういう幽霊を出すか」に知恵を搾りに搾らなくては、選考委員に評価されるような作品には、なり得ない。ストーリー的な辻褄などは無視すること。これを念頭に置いて、この二作品を読み比べてみれば、大いなる執筆ヒントが得られるだろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

『幽』怪談文学賞(2012年6月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

『幽』怪談文学賞

今回は、「短編部門」と「長編部門」の二部門があり、短編部門は六月一日締切、長編部門は八月一日締切の『幽』怪談文学賞について論じる。メール添付での応募(テキスト形式ファイルもしくはワード・ファイル)が可能な新人賞の一つである。


このメール添付応募について、印刷して送る応募作に比べて選考が不利に働くのではないか、という趣旨の質問をしてこられる方が、けっこう多いのでお答えしておくと、そんなことはない。受け取る出版社の立場で答えると、応募作はコピーを取って一次選考の選考委員に回す。この、コピーの手間が意外に面倒な作業なのである。その点、メール添付応募だと、単にデータを選考委員に転送すれば済む。選考委員が、それをパソコンのディスプレー上で読んで当落の判定を下すか、わざわざ印刷してから読んで判定するのかは自由である。コピーの手間もコピー用紙代も不要だから、出版社にとってはありがたいのだ。


休止になってしまったが、さくらんぼ文学新人賞のように、メール添付応募に限定の新人賞もある。また、ポプラ社小説新人賞のように手書き原稿不可の新人賞も存在する。


パソコンで原稿を打ち、メール添付で作品を応募するのは、時代の流れである。応募要項に「手書き原稿不可」と書いていなくても、手書き原稿であればコピーの枚数も増えるし、仮に大賞授賞となったら、それをタイピストに発注して電子データに変えてもらう必要があり、そこでまた、余分な経費が必要となるから、出版社にしてみれば全く嬉しくない。


下読み選者も、その辺りの事情は呑み込んでいるから、どうしても手書き原稿を見る目は、印字原稿や電子データ原稿に対してより厳しくなる。「手書き原稿のほうが熱意が編集部や選考委員に伝わる」という〝大いなる勘違い〟をしているアマチュアが意外に多いので、くれぐれも、そういう時代錯誤的な思い込みを早々に払拭するように注意しておく。


さて、『幽』怪談文学賞受賞作では第四回の短編賞受賞作である神狛しず『京都怪談おじゃみ』(受賞作を含む短編集)と第五回の長編部門大賞受賞作である三輪チサ『死者はバスに乗って』を取り上げる。どちらも共通項は〝幽霊〟である。『幽』怪談文学賞は初期の頃はホラー小説大賞と酷似していたが、徐々に授賞傾向に差が見え始めた。そのキーワードが〝幽霊〟で、この賞を狙う人は、この二作を読み比べてみることをお勧めする。


まず、『死者はバス』のほうだが、基本ストーリーは「車体に動物の絵が描かれた幼稚園バスが事故を起こす。事故を目撃したのは、弟を踏切事故で亡くした女子高生の対馬奈美、子供をDV夫に殺された美容師の絵梨香、事故で息子を亡くした奈美の隣の家の石田さん等々、幼い子供の死に関わった人たちだけ、という特徴がある。その数日後に、彼女たちの元に、亡くなった子供たちの霊が帰ってくる。後半は一転、熱血刑事と霊が見える大道芸人の二人が事件を解決していくミステリー仕立て」で、群像劇の構成で視点が次から次へと移動する。

どうしても群像劇は感情移入しにくく、そのためにアマゾンのレビューも評価が低い。評価が良いほうでも「死んだ子供たちが幼稚園バスに乗って帰ってくる、という怪談系のこわーい話。とにかく、幽霊の描き方がとてもうまい。もう、ざわざわとして、怖い」と、ここまでは良いのだが、「ただ、登場人物がやたら多く、しかも濃いキャラがてんこ盛りだったので、どこに焦点を合わせていいのかわからない部分もあるのが残念。背景をもっと書き込んであれば、さらに怖さが増したのに」というように、感情移入しにくいが故に後半に腰砕けになっていく様子が窺われる。変にミステリー的に辻褄を合わせて事件解決、という方向を打ち出そうとしたことが、最大の失敗要因かと思われる。


それに対して『おじゃみ』は現代劇で、通常、この手の幽霊物語は、時代劇なら成立するけれども、現代劇だと、怖さよりもリアリティのなさのほうが先立ってしまって、シラケる。それが、全然シラケない。変に辻褄合わせをしていないのが良く、どの話も(それぞれ独立した全く別個の物語だが)、ほとんど辻褄が合わないまま、不条理なままで、放り出すように終わっている。そこが良い。

そもそも幽霊などといった怪異現象は、不条理なものなのであるから、下手に辻褄を合わせようなどと考えるべきではないのだ。

『おじゃみ』は受賞作以外の短編も全て受賞作と同等以上に出来栄えが良く、ユニークである。作者が、ひたすら〝ユニークな発想〟〝前例のない新奇の恐怖アイディア〟を求めたことが読み取れる。

幽霊は、怪談では最もオーソドックスな素材であるから「どういう幽霊を出すか」に知恵を搾りに搾らなくては、選考委員に評価されるような作品には、なり得ない。ストーリー的な辻褄などは無視すること。これを念頭に置いて、この二作品を読み比べてみれば、大いなる執筆ヒントが得られるだろう。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。