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横溝正史ミステリ大賞

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作文・エッセイ
作家デビュー

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

横溝正史ミステリ大賞

SFというジャンルには根強い人気があって、SFを書いて新人賞を狙いたいアマチュア作家が相当数、存在する。ところが、購買層という観点で見ると、SFの新刊本を定価購入する人数は出版社の求める採算ラインに達しておらず、文庫本になるのを待つとか、古書店に出回るのを待つといったケチな読者が多い。そのため、小松左京賞とか日本SF新人賞などの、SFに特化した新人賞が次々に姿を消し、SFで新人賞を狙うとすれば「何でも有り」のエンターテインメント系新人賞を狙う以外に手段がなくなってしまった。


ここで一つ狙い目なのが、横溝正史ミステリ大賞である。横溝正史ミステリ大賞の特徴はメール応募が可能なことである。テキスト形式ファイル、ワードファイル、一太郎ファイルの三形式で応募できるのも画期的で、原稿を印刷する必要がないこと、郵送料も不要なこと、受け取る出版社側にとってもありがたい(応募作をいちいちコピーしなくて良い)ことから、私としては強くメール応募を推奨する。


さて他のミステリー系新人賞(江戸川乱歩賞・日本ミステリー文学大賞新人賞・鮎川哲也賞)と違って横溝正史ミステリ大賞にはSF系の受賞作がある事実に触れると、第二十四回大賞受賞作の村崎友『風の歌、星の口笛』は「えーっ、こんなの有りかよ!」と物議を醸した異世界SFだったし、第二十二回大賞受賞作の初野晴『水の時計』も広義のSFに分類されるだろう(『このミステリーがすごい!』大賞にもSF系の受賞作はある)。


第三十回大賞受賞作の伊与原新『お台場アイランドベイビー』も、紛れもない近未来SFである。前述の三作品に共通して言える特徴は「それほど出色の傑作はない」という点で「この程度の話なら自分にも書けるぞ」という感想を持つ新人賞応募者が多いだろう。


伊与原の『お台場』にポイントを置いて論じると、福田和代『TOKYO BLACKOUT』と同系統に属する“近未来予言SF”である。福田作品は、二〇〇八年の刊行だが、三年後の三・一一の東日本大震災後に起きた東京の計画輪番停電の有様を、見事なまでに予測していた(原因は大地震ではなくて、発電所や送電線網への爆破テロだが)。


また『お台場』は、南関東直下地震で壊滅した後の東京を舞台にしたSFで、二〇一〇年の九月、つまり三・一一の半年前に作品が刊行されており、東京を震度7クラスの大地震が襲う可能性があると発表される二年以上も前に執筆されている。近未来SFでビッグ・タイトル新人賞を狙う場合のキーポイントは、この“未来洞察力”である。世間の話題になってから“後追い”で書いても、間違いなく一顧だにされずに、一次選考で落とされるから、よくよく注意しておく。マスコミが報道する“時事ネタ”になった段階で執筆素材として取り上げても「この応募者は創造力・想像力がゼロ」と見なされるだけである。


つまり、近未来SFにおいては「まだ誰も話題にしていない近未来の出来事を予測」しなければならない。かなりの創造力・想像力が要求され、これは未デビューやデビュー間もない作家にとっては相当にハードルの高い要求であるから、『お台場』も『TOKYO BLACKOUT』も、どちらも後半になってガタガタの腰砕け作品になった。


『お台場』は文章的にも上手くない。どちらかと言えば下手の部類だろう。会話で、やたら鸚鵡返しが出てくる。小説において、鸚鵡返しは基本的にNG。映像脚本は重要なことは鸚鵡返しが基本(台詞は片端から消えていくため)だが、小説では反対に「芸がない」として選考時の減点対象となる。選考委員によって減点幅には差があるから幸いにも大賞に手が届いたのだろうが。

登場人物のキャラクターもステレオ・タイプ。「こういう人物造型にしておけば、取り敢えずは選考時に平均点以上が貰える」という露骨な意図が見え隠れする。主人公の名前は巽丑寅。奇抜な名前を考えたのに、それが全く活かされていないし、最後で主人公は死ぬのだが、取って付けたようなご都合主義な殺し方。副主人公は品川署生活安全課の女性警部・鴻池みどり。レズビアンという設定なのだが、その設定が全く活きていない。何のためにレズに設定したのか理解に苦しむ。そういう設定にすれば読者受けするのではないか、と安直に考えたのが見え見え。本文では、ほとんど苗字ではなく「みどり」と名前表記だから、極めて読みにくい。平仮名表記の名前は文中に埋もれてしまい、読みにくさは減点に直結するから、漢字名前がベター。なぜ担当編集者が漢字表記に変更させなかったのか、これも理解に苦しむ。

とにかく欠点だらけの作品なので「こう書いたら減点材料」「こう書けば加点材料」と分析しやすい、“傾向と対策”向きの作品とも言える。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。

横溝正史ミステリ大賞(2012年9月号)

文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。

多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。

横溝正史ミステリ大賞

SFというジャンルには根強い人気があって、SFを書いて新人賞を狙いたいアマチュア作家が相当数、存在する。ところが、購買層という観点で見ると、SFの新刊本を定価購入する人数は出版社の求める採算ラインに達しておらず、文庫本になるのを待つとか、古書店に出回るのを待つといったケチな読者が多い。そのため、小松左京賞とか日本SF新人賞などの、SFに特化した新人賞が次々に姿を消し、SFで新人賞を狙うとすれば「何でも有り」のエンターテインメント系新人賞を狙う以外に手段がなくなってしまった。


ここで一つ狙い目なのが、横溝正史ミステリ大賞である。横溝正史ミステリ大賞の特徴はメール応募が可能なことである。テキスト形式ファイル、ワードファイル、一太郎ファイルの三形式で応募できるのも画期的で、原稿を印刷する必要がないこと、郵送料も不要なこと、受け取る出版社側にとってもありがたい(応募作をいちいちコピーしなくて良い)ことから、私としては強くメール応募を推奨する。


さて他のミステリー系新人賞(江戸川乱歩賞・日本ミステリー文学大賞新人賞・鮎川哲也賞)と違って横溝正史ミステリ大賞にはSF系の受賞作がある事実に触れると、第二十四回大賞受賞作の村崎友『風の歌、星の口笛』は「えーっ、こんなの有りかよ!」と物議を醸した異世界SFだったし、第二十二回大賞受賞作の初野晴『水の時計』も広義のSFに分類されるだろう(『このミステリーがすごい!』大賞にもSF系の受賞作はある)。


第三十回大賞受賞作の伊与原新『お台場アイランドベイビー』も、紛れもない近未来SFである。前述の三作品に共通して言える特徴は「それほど出色の傑作はない」という点で「この程度の話なら自分にも書けるぞ」という感想を持つ新人賞応募者が多いだろう。


伊与原の『お台場』にポイントを置いて論じると、福田和代『TOKYO BLACKOUT』と同系統に属する“近未来予言SF”である。福田作品は、二〇〇八年の刊行だが、三年後の三・一一の東日本大震災後に起きた東京の計画輪番停電の有様を、見事なまでに予測していた(原因は大地震ではなくて、発電所や送電線網への爆破テロだが)。


また『お台場』は、南関東直下地震で壊滅した後の東京を舞台にしたSFで、二〇一〇年の九月、つまり三・一一の半年前に作品が刊行されており、東京を震度7クラスの大地震が襲う可能性があると発表される二年以上も前に執筆されている。近未来SFでビッグ・タイトル新人賞を狙う場合のキーポイントは、この“未来洞察力”である。世間の話題になってから“後追い”で書いても、間違いなく一顧だにされずに、一次選考で落とされるから、よくよく注意しておく。マスコミが報道する“時事ネタ”になった段階で執筆素材として取り上げても「この応募者は創造力・想像力がゼロ」と見なされるだけである。


つまり、近未来SFにおいては「まだ誰も話題にしていない近未来の出来事を予測」しなければならない。かなりの創造力・想像力が要求され、これは未デビューやデビュー間もない作家にとっては相当にハードルの高い要求であるから、『お台場』も『TOKYO BLACKOUT』も、どちらも後半になってガタガタの腰砕け作品になった。


『お台場』は文章的にも上手くない。どちらかと言えば下手の部類だろう。会話で、やたら鸚鵡返しが出てくる。小説において、鸚鵡返しは基本的にNG。映像脚本は重要なことは鸚鵡返しが基本(台詞は片端から消えていくため)だが、小説では反対に「芸がない」として選考時の減点対象となる。選考委員によって減点幅には差があるから幸いにも大賞に手が届いたのだろうが。

登場人物のキャラクターもステレオ・タイプ。「こういう人物造型にしておけば、取り敢えずは選考時に平均点以上が貰える」という露骨な意図が見え隠れする。主人公の名前は巽丑寅。奇抜な名前を考えたのに、それが全く活かされていないし、最後で主人公は死ぬのだが、取って付けたようなご都合主義な殺し方。副主人公は品川署生活安全課の女性警部・鴻池みどり。レズビアンという設定なのだが、その設定が全く活きていない。何のためにレズに設定したのか理解に苦しむ。そういう設定にすれば読者受けするのではないか、と安直に考えたのが見え見え。本文では、ほとんど苗字ではなく「みどり」と名前表記だから、極めて読みにくい。平仮名表記の名前は文中に埋もれてしまい、読みにくさは減点に直結するから、漢字名前がベター。なぜ担当編集者が漢字表記に変更させなかったのか、これも理解に苦しむ。

とにかく欠点だらけの作品なので「こう書いたら減点材料」「こう書けば加点材料」と分析しやすい、“傾向と対策”向きの作品とも言える。

若桜木先生が送り出した作家たち

小説現代長編新人賞

小島環(第9回)

仁志耕一郎(第7回)

田牧大和(第2回)

中路啓太(第1回奨励賞)

朝日時代小説大賞

仁志耕一郎(第4回)

平茂寛(第3回)

歴史群像大賞

山田剛(第17回佳作)

祝迫力(第20回佳作)

富士見新時代小説大賞

近藤五郎(第1回優秀賞)

電撃小説大賞

有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞)

『幽』怪談文学賞長編賞

風花千里(第9回佳作)

近藤五郎(第9回佳作)

藤原葉子(第4回佳作)

日本ミステリー文学大賞新人賞 石川渓月(第14回)
角川春樹小説賞

鳴神響一(第6回)

C★NOVELS大賞

松葉屋なつみ(第10回)

ゴールデン・エレファント賞

時武ぼたん(第4回)

わかたけまさこ(第3回特別賞)

日本文学館 自分史大賞 扇子忠(第4回)
その他の主な作家 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司
新人賞の最終候補に残った生徒 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞)

若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール

昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。