小説すばる新人賞


文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小説すばる新人賞
最近、ビッグ・タイトルの新人賞を狙っているアマチュア作家によく質問されるのが、「どうも文章が上達しません。どういう工夫と努力をすれば、文章力がアップするんでしょうか?」という悩みである。こういう質問をぶつけてくる人は、例外なく「文章の推敲」に無駄なエネルギーを割いている。書き終えてから応募するまでの推敲も、ひたすら文章の巧さをブラッシュアップする、ほとんど選考に影響のない点にのみ心血を注ぐ。
そもそも最近の新人賞選考は、応募者の文章力に全く重きを置いていない(もちろん、日本語として意味が通じていない文章は論外だが)。それは、文章力の“なっていない”新人賞受賞作が、この五年ばかり、やたら大量に出回っている事実で明確に認識できる。
選考の過程で最も重要視されるのが「前例のない新奇のアイデア」(前例があっても希有ならば可)であり、次いで「登場人物のキャラクターのユニークさ」「選考委員が知らない特殊な世界・職業などの蘊蓄」と続く。文章の巧拙などは、ほとんど考慮されていない。
ここで、小説すばる新人賞、第二十四回(二〇一一年)受賞作『サラの柔らかな香車』(橋本長道)について取り上げると、その前年にも受賞歴があるプロ作家とは思えないほど、文章は下手。
これが三十年ほど前で、敏腕編集者が残っていた当時なら、修正指示箇所で真っ赤っ赤になるのではないかと思われるほど稚拙。日本語は、接続詞の使用を控えれば控えるほど名文になりやすい、という特徴を持っている言語なのだが、無用な接続詞が異様に多い。また、下手に文末を強調したりせず、淡々と書いたほうが物語の内容が伝わってくるのだが、力み返った強調語尾を乱発しているので、中身の面白さがストレートに伝わってこず、半減している。「これだけ文章が下手でも受賞できるのなら、文章力を磨けば私も受賞できる」という変な思い込みをアマチュア作家に与えかねない作品だが、ポイントはそこにない。
『サラ』の作者の橋本は中学生将棋王将戦で優勝、プロ棋士登竜門の奨励会で一級まで行ったものの、プロ棋士にはなれずに挫折、作家に転進した、という経歴の持ち主だけに、将棋の世界には当然のことながら、おそろしく詳しい。前述の「選考委員が知らない特殊な世界・職業などの蘊蓄」で受賞した作品の典型といえる。
しかし、文章が稚拙な上に、やたらと主人公の回想が入ってエピソードが過去に飛ぶので、よほど腰を据えて読まないと、どういう時系列で各エピソードが起きたのか、訳が分からなくなる。「こういう作品を書いてはいけない」という“良くない見本”の典型例の一つ。橋本は早急に書き方を改めないと、読者に見放されて数年で文壇から消える末路を辿りかねない。
文章力の巧拙は重要視されないし、時系列が乱れまくってもアイデアの新奇性やキャラ設定や蘊蓄が素晴らしければ新人賞には手が届くのだが、“その後のプロ作家人生”を念頭に置くのであれば、やたらと回想を入れて時系列が頻繁に行ったり来たりする物語構成は絶対的不可。
とはいえ「どうしても物語に必要で、入れたい回想」は、あるだろう。その場合には、回想部分は別個の章立てにして、例えば「十年前」と、きっちり章タイトルに打って、その章の中では回想ではなく、十年前の時点でも“リアルタイムの出来事”として全エピソードを描いていく。そうすれば、読者が混乱することもない。エンターテインメントの読者は「あくまでも娯楽」として小説を読むのであって、時系列の乱れまくった物語を暗号でも解読するようにして読むわけではない。そういう親切で思いやりのある読者がいないわけではないが、圧倒的な少数派に留まるという現実を忘れてはいけない。同系統、同レベルの作品と競合したら、『サラ』のように時系列が乱れている作品は、落とされる。
また「特殊な世界・職業などの蘊蓄」も、勘違いするアマチュア作家が多い。いくら特殊でも、選考委員が熟知していたら、それは加点材料にならない。
「私は音楽に詳しい」と思っても、選考委員に芸大の音楽科出身の人がいたら(例えば亡くなられた永井するみ氏のような)些細な間違いを見つけられて減点材料になる懸念さえ存在する。『サラ』も、選考委員に将棋五段というような作家がいたら(そういうプロ作家は意外に多い)どう転んだか分からない。そういう観点に立って『サラ』を読めば、それなりの参考になるだろう。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
---|---|
朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。
文学賞を受賞するにはどうすればいいのか、傾向と対策はどう立てればよいのか。
多数のプロ作家を世に送り出してきた若桜木虔先生が、デビューするための裏技を文学賞別に伝授します。
小説すばる新人賞
最近、ビッグ・タイトルの新人賞を狙っているアマチュア作家によく質問されるのが、「どうも文章が上達しません。どういう工夫と努力をすれば、文章力がアップするんでしょうか?」という悩みである。こういう質問をぶつけてくる人は、例外なく「文章の推敲」に無駄なエネルギーを割いている。書き終えてから応募するまでの推敲も、ひたすら文章の巧さをブラッシュアップする、ほとんど選考に影響のない点にのみ心血を注ぐ。
そもそも最近の新人賞選考は、応募者の文章力に全く重きを置いていない(もちろん、日本語として意味が通じていない文章は論外だが)。それは、文章力の“なっていない”新人賞受賞作が、この五年ばかり、やたら大量に出回っている事実で明確に認識できる。
選考の過程で最も重要視されるのが「前例のない新奇のアイデア」(前例があっても希有ならば可)であり、次いで「登場人物のキャラクターのユニークさ」「選考委員が知らない特殊な世界・職業などの蘊蓄」と続く。文章の巧拙などは、ほとんど考慮されていない。
ここで、小説すばる新人賞、第二十四回(二〇一一年)受賞作『サラの柔らかな香車』(橋本長道)について取り上げると、その前年にも受賞歴があるプロ作家とは思えないほど、文章は下手。
これが三十年ほど前で、敏腕編集者が残っていた当時なら、修正指示箇所で真っ赤っ赤になるのではないかと思われるほど稚拙。日本語は、接続詞の使用を控えれば控えるほど名文になりやすい、という特徴を持っている言語なのだが、無用な接続詞が異様に多い。また、下手に文末を強調したりせず、淡々と書いたほうが物語の内容が伝わってくるのだが、力み返った強調語尾を乱発しているので、中身の面白さがストレートに伝わってこず、半減している。「これだけ文章が下手でも受賞できるのなら、文章力を磨けば私も受賞できる」という変な思い込みをアマチュア作家に与えかねない作品だが、ポイントはそこにない。
『サラ』の作者の橋本は中学生将棋王将戦で優勝、プロ棋士登竜門の奨励会で一級まで行ったものの、プロ棋士にはなれずに挫折、作家に転進した、という経歴の持ち主だけに、将棋の世界には当然のことながら、おそろしく詳しい。前述の「選考委員が知らない特殊な世界・職業などの蘊蓄」で受賞した作品の典型といえる。
しかし、文章が稚拙な上に、やたらと主人公の回想が入ってエピソードが過去に飛ぶので、よほど腰を据えて読まないと、どういう時系列で各エピソードが起きたのか、訳が分からなくなる。「こういう作品を書いてはいけない」という“良くない見本”の典型例の一つ。橋本は早急に書き方を改めないと、読者に見放されて数年で文壇から消える末路を辿りかねない。
文章力の巧拙は重要視されないし、時系列が乱れまくってもアイデアの新奇性やキャラ設定や蘊蓄が素晴らしければ新人賞には手が届くのだが、“その後のプロ作家人生”を念頭に置くのであれば、やたらと回想を入れて時系列が頻繁に行ったり来たりする物語構成は絶対的不可。
とはいえ「どうしても物語に必要で、入れたい回想」は、あるだろう。その場合には、回想部分は別個の章立てにして、例えば「十年前」と、きっちり章タイトルに打って、その章の中では回想ではなく、十年前の時点でも“リアルタイムの出来事”として全エピソードを描いていく。そうすれば、読者が混乱することもない。エンターテインメントの読者は「あくまでも娯楽」として小説を読むのであって、時系列の乱れまくった物語を暗号でも解読するようにして読むわけではない。そういう親切で思いやりのある読者がいないわけではないが、圧倒的な少数派に留まるという現実を忘れてはいけない。同系統、同レベルの作品と競合したら、『サラ』のように時系列が乱れている作品は、落とされる。
また「特殊な世界・職業などの蘊蓄」も、勘違いするアマチュア作家が多い。いくら特殊でも、選考委員が熟知していたら、それは加点材料にならない。
「私は音楽に詳しい」と思っても、選考委員に芸大の音楽科出身の人がいたら(例えば亡くなられた永井するみ氏のような)些細な間違いを見つけられて減点材料になる懸念さえ存在する。『サラ』も、選考委員に将棋五段というような作家がいたら(そういうプロ作家は意外に多い)どう転んだか分からない。そういう観点に立って『サラ』を読めば、それなりの参考になるだろう。
若桜木先生が送り出した作家たち
小説現代長編新人賞 |
小島環(第9回) 仁志耕一郎(第7回) 田牧大和(第2回) 中路啓太(第1回奨励賞) |
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朝日時代小説大賞 |
仁志耕一郎(第4回) 平茂寛(第3回) |
歴史群像大賞 |
山田剛(第17回佳作) 祝迫力(第20回佳作) |
富士見新時代小説大賞 |
近藤五郎(第1回優秀賞) |
電撃小説大賞 |
有間カオル(第16回メディアワークス文庫賞) |
『幽』怪談文学賞長編賞 |
風花千里(第9回佳作) 近藤五郎(第9回佳作) 藤原葉子(第4回佳作) |
日本ミステリー文学大賞新人賞 | 石川渓月(第14回) |
角川春樹小説賞 |
鳴神響一(第6回) |
C★NOVELS大賞 |
松葉屋なつみ(第10回) |
ゴールデン・エレファント賞 |
時武ぼたん(第4回) わかたけまさこ(第3回特別賞) |
日本文学館 自分史大賞 | 扇子忠(第4回) |
その他の主な作家 | 加藤廣『信長の棺』、小早川涼、森山茂里、庵乃音人、山中将司 |
新人賞の最終候補に残った生徒 | 菊谷智恵子(日本ミステリー文学大賞新人賞)、高田在子(朝日時代小説大賞、日本ラブストーリー大賞、日経小説大賞、坊っちゃん文学賞、ゴールデン・エレファント賞)、日向那由他(角川春樹小説賞、富士見新時代小説大賞)、三笠咲(朝日時代小説大賞)、木村啓之介(きらら文学賞)、鈴城なつみち(TBSドラマ原作大賞)、大原健碁(TBSドラマ原作大賞)、赤神諒(松本清張賞)、高橋桐矢(小松左京賞)、藤野まり子(日本ラブストーリー&エンターテインメント大賞) |
若桜木虔(わかさき・けん) プロフィール
昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センター、読売文化センター(町田市)で小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。