受賞のコトバ 2016年1月
新人文学賞。受賞者には記念品と賞金200万円が贈られ、受賞作は集英社より単行本として刊行される。選考委員は阿刀田高、五木寛之、北方謙三、宮部みゆき、村山由佳。
(主催:集英社)
受賞者:渡辺 優(わたなべ・ゆう)
1987年、宮城県仙台市生まれ。同市在住。宮城学院女子大学国際文化学科卒業。受賞作『ラメルノエリキサ』は、2016年2月5日に集英社より刊行予定。
初心のどきどきを忘れず挑んでいきたい
小説を書いて賞に応募するということは、私にとってとても刺激的なことでした。普段のだらけきった自分とはどこか違う、チャレンジャーという身分になれるような気がしたからです。子供のころはもっと沢山挑戦者になれる機会があったと思うのですが、大人になってみると、人様の評価をいただける挑戦とは、なかなか貴重なものなのだと気づかされました。
私は大学の国際文化学科を卒業後、翻訳家を目指して勉強を続けていました。文章を書く仕事がしたい。なにより大好きな「本」の世界に携わりたい、という思いからでした。(苛烈な就職活動から目を背けたい、という動機もありました)
人様の文章を訳すうち、自ら書いてみたいという欲求が募りました。欲求のまま取りあえず書き出してはみたものの、まあ驚くほど書けない。頭の中のたった一場面を書くのに何時間もかかったりして、自分で物語を書くということの難しさを初めて実感しました。そうしてじりじりと約二年をかけて書き上げた最初の小説は、応募はしてみたものの鳴かず飛ばず。一体どんなものを書いたのか、今では恐ろしくて恥ずかしくて、読み返すこともできません。
それでも次の作品をと書き続けたのは、「挑戦する」というどきどきをもう一度味わいたいがためだった気がします。自分の書いたものを、少なくても一人の方が読んで評価してくださるのだと思うと、他のなにものにも代えられない充足がありました。
三作目で受賞の連絡をいただいたとき、私は大きな喜びとともに、同じくらい強い畏れを感じました。いつのまにか「受賞すること」を一番の目標と捉えるようになってしまっていたので、さらにその続きが見られるとなって驚いたのです。しかし、未知の世界への恐怖はそのまま、「挑戦する」ことへのどきどきに通じている気がします。栄誉ある賞をいただいたことによって、もっと素晴らしいものを書きたいという願望もより強くなりました。書き続けるという新たな挑戦に、初心のどきどきを忘れぬようにしながら、挑んでいきたいと思います。
受賞作:『ラメルノエリキサ』
小峰りなは復讐に取り憑かれている。自分が歪みなく生きるためにどんな些細なことでも、きちんと復讐で片をつける。罪状の重さに自分や周囲が受けた心の傷の分を上乗せして。十六歳の初夏、りなは学校帰りの夜道で何者かに背中を切りつけられる。犯人は逃げる際に謎の言葉を残していた。
「ラメルノエリキサのためなんです、すみません」
当然のように復讐を誓うりなは、クラスメイトの力を借りながら事件の真相に迫ろうと奮闘する。その異常なまでの執念に、りなの姉は必死に彼女を諫めるものの、その勢いは全く削がれなかった。
短篇小説を募集。第95回の選考委員は池井戸潤、宇江佐真理、佐々木譲、乃南アサ、森絵都。新人賞受賞者には50万円が贈られる。
(主催:文藝春秋)
受賞者:松田幸緒(まつだ・さちお)
1954年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部 西洋史学科卒業。趣味は読書、映画・音楽鑑賞。好きな作家はスティーヴン・ミルハウザー、ウィリアム・トレヴァー、チェーホフ。最近感動した小説は柏原兵三の『長い道』、印象に残った映画は『マッドマックス 怒りのデス・ロード』、惹かれた音楽はディアマンテスの『勝利のうた』。受賞作『中庭に面した席』は「オール讀物」11月号に掲載された。
最終候補から十一年 私には必要な時間だった
初めてオール讀物新人賞の最終候補に残ったのは二〇〇四年の春でした。小説が書けるだろうか、とのぞいた教室で、「提出した方が絶対に楽しいよ」と仲間に言われて書き始め、三年ほどが経った頃です。
電話をいただいたその夜、私は歓喜のあまり「もし、受賞したら」という妄想から一気に 「ああ、もしかすると、ああやって教室でみんなと作品について話し合っていた時が一番幸せだったのかもしれない……」と一抹の寂しさまで感じていました。そして、それは落選の知らせが届くまで心の隅に残っていたのです。
なんと愚かで傲慢であったことかと呆れます。
しかし、幸せとは、所詮そこに向かって努力している間のことではないか、という思いは、当時もう若くもない私の実感でもあったのです。
二度目に残った時、「もう二度とあんなバカなことを思ったりしませんので、どうぞ」と祈りましたが叶わず。
そして今回。
「いったい小説とは何のことでしょう」と言えるまでの境地には至っていませんでしたが、もう何があっても、これからもずっと書いていくことに変わりはないだろう、と心の奥底は不思議に静かでした。
とはいえ、受賞の連絡が来るまでの一ヶ月、あらゆる占いに目を通し、考え得る限りの「もし」を考え、眠れない夜が続いていたのですが。
この十一年が長いのか短いのかは、わかりません。でも、私には必要な時間だったように思います。
もう受賞がゴールだなんて思っていませんし、出会った仲間はこれからもずっと小説について語り合える友人であることに変わりありません。
それに、『中庭に面した席』という作品が賞をいただいたのであって、私自身が賞をいただいたとは思えないのです。
私は次のいったいどんな作品の作者になれるのか。ゴールも見えない宇宙空間に向け、スタート地点に立っているような気持ちです。
不安でいっぱいですが、一歩ずつ進んで行くつもりです。
そして、それはきっと幸せなことではないかと思うのです。
受賞作:『中庭に面した席』
美容院に行った老女が、いつも座っていた一つの席を巡り、それまで意識さえしていなかった、ささやかな、しかし貴重なものを失ってしまったことに気づくまで。戸惑いと怒り、そして悲しみの一日。