受賞のコトバ 2016年2月
エンターテインメントを第一義の目的とした広義のミステリー小説を募集。選考委員は大森望、香山二三郎、茶木則雄、吉野仁。受賞者には賞金1200万円が贈られ、受賞作は刊行される。
(主催:宝島社)
受賞者:一色さゆり(いっしき・さゆり)
1988年、京都府生まれ。東京藝術大学美術学部芸術学科卒業。ギャラリー勤務を経て、現在は香港中文大学大学院美術学部在籍。受賞作『神の値段』は宝島社より2月10日発売予定。
推敲という快楽
わたしのアイフォンには、公募ガイドのリンクがお気に入りに登録されています。以前から大変お世話になったこの媒体で、このたび自身の文章を掲載していただけるということを、とても光栄に思っております。
わたしの小説執筆の原点は、大学受験のときから訓練を受けていた、「ディスクリプション」とよばれる美術作品を描写する行為です。西洋の宗教画から国宝の壷まで、その造形的特質を探るために、ひたすら見てことばにすること。作品を見たことのない人に、どう言えばこの作品が伝わるかという気持ちで、四苦八苦してことばを選びぬいた経験が、わたしの文章を支えています。
推敲ということばは、ロバに乗って詩をつくっていた男が、ある一行で門を「推す」か「敲(たた)く」か、どちらの句が相応しいか夢中で迷っていたら、偉い人に当たり捕らえられ事情を話したところ、偉い人が「敲くがいいんちゃう」と言った、という故事に由来するそうです。まさに執筆そのものを表していると思います。
わたしはプロット完成ののち一気に執筆ゴー!するタイプなので、猛烈にキーボードを叩いていたら、打ち間違いがあるわあるわ。オーク書なー(オークショナー)とか。おそらく物語が完成に近づいていくのは、推敲がはじまってからです。推敲していくうちに、書き足したい表現やミステリーの真相が、ぽろぽろと垢のように出てくる。美術品を理解するためにことばにする行為とおなじですね。決して上手くできないし、苦しいんだけど止められないのです。
今回の受賞作『神の値段』は、そんなわたしが推敲という苦しい快楽を味わいつくした美術ミステリーです。美術畑出身でありながら、美術を本格的に題材にしたミステリーを書くのは、これがはじめてでした。美術の仕事はこれからも続けていきたいので、仕事と小説執筆を両立させられるよう頑張ります。
さいごに『このミステリーがすごい!』大賞について。『このミス』大賞は一次選考に通ればもれなくコメントがもらえるという、すばらしい特色があります。他の賞に多く応募してきた方ほど、ぜひおすすめします。
受賞作:『神の値段』
一切人前に姿を見せない前衛芸術家・川田無名。唯一繋がりを持つギャラリスト・唯子が、その三億円の幻の作品を運び出してきた後、死体で発見された。アシスタントの佐和子は、唯子の死の真相、作品を運び込んだ意図、無名の行方を探り始める。美術界を巡る傑作ミステリー!
受賞者:城山真一(しろやま・しんいち)
1972年、石川県生まれ。金沢大学法学部卒業。三十代半ばより本格的に執筆を始める。角川春樹小説賞、日本エンタメ小説大賞など長編小説の最終候補に四度残り、五度目の応募作で本賞を受賞。趣味は、散歩とジャズ鑑賞。著書に『国選ペテン師 千住庸介』(泰文堂)がある。受
賞作『ブラック・ヴィーナス 投資の女神』は宝島社より発売中。
最も批判的な読者は自分であること
公募というのは誰にでも平等なすばらしい制度です。日本全国どこにいても、作家としての適正試験が無料で受けられる、しかも、高く評価されればプロになれるわけですから。そうはいっても、落選が続くとやはり気持ちは沈んでいきます。僕の場合、長編小説の最終候補で何度も落選してきました。最終候補とはいえ、落ちてしまえば他の落選と一緒。いや、一瞬だけその先を妄想してしまい、寸止めの苦しみと惨めさを味わう分、よけいにキツいかもしれません。
ただ、ラッキーだったこともあります。それは、一線を越えさせてくれなかった美女たち、すなわち選考委員から、「僕じゃだめな理由」を教えてもらえたことです。
だめな理由を聞いてもあきらめる気持ちはまったくありませんでした。その部分を鍛えて、きれいに見せる。あるいは、どうにもならないなら、うまく隠す。そうやって何度も挑みました。やがて、原稿を書き終えると、自分自身が自らの作品の最も批判的な読者になっていました。小説を書き始めたころは、一番のよき理解者だったはずなのに。だけど、この変化が作品の精度を確実に高めてくれたのだと思います。
月に書籍を五十冊ほど購入します。だけど、最後まで読むのは半分以下です。ほとんどが十ページほどで手が止まります。自分の作品に対しても、同じ気持ちで臨みます。読者は途中で放り出したくならないか。そんな感覚を大切にして読みこんでいき、修正を加えます。
今回の受賞作に関していえば、純粋なミステリーでないにもかかわらず、大賞という評価をいただきました。その理由は、従来のエンタメ小説にはなかった仕掛けが受け入れられたからではないかと思っています。
エンタメ小説の世界では、クライマックスが二度用意されているのがいい作品といわれています。この作品の中にはクライマックスと呼べる場面が少なくとも三つ、四つ仕込んであります。なぜそうしたのか?
僕なんかの場合、それくらい準備しないと美女たちは一線を越えさせてくれないと思ったからです(笑)。
受賞作:『ブラック・ヴィーナス 投資の女神』
天才的な株取引で依頼人に大金をもたらすという噂の“黒女神”。その報酬は、依頼人の最も大切なもの。百瀬良太は、零細企業を営む兄の金策の過程で、その人物・二礼茜と出会い、報酬として助手を務めることになり――。金を通じて人の心を描き出す快作金融ミステリー!