その作品、みんなとかぶってますよ⑥:記憶力と発想力の関係
発想をするためには、記憶にとどめている出来事や、それに関する心情、考えがないといけない。ここでは記憶力と発想力の関係について脳科学的に解説する。
エピソード記憶は忘れない
記憶には「手続き記憶(自転車の乗り方など身体で覚えている記憶)」と「陳述記憶(言葉や文字にできる記憶)」があり、陳述記憶はさらに「味記憶」と「エピソード記憶」に分けられる。
意味記憶は言葉や文法、年号など繰り返し見たり聞いたりして覚えた記憶で、エピソード記憶は自分が体験したことの記憶だ。
川柳、エッセイ、小説などを書くときに重要なのはエピソード記憶のほうだが、エピソード記憶はいったん記憶したら忘れにくく、これは書く人には利点だ。
本人も忘れてしまったような些細な出来事でも、記憶の底をすくえば無数の出来事を思い出せる。何かのきっかけで芋づる式に思い出したりする。
エピソード記憶は人生経験が長いほどたくさん埋まっている可能性がある。あとはいかに連想して記憶を釣り上げるかだ。
覚えたことは忘れないうちに復習
記憶が脳内にとどまっているのはどれくらいの時間かという観点で分類すると、「短期記憶」「近時記憶」「長期記憶」の3つに分けることができる。
短期記憶はたとえて言うと小さなスプーンで、一度にたくさんの情報は運べない。記憶している時間も数分と短く、「一瞬だけ電話番号を覚えて」と言われれば数分なら覚えておけるが、事が終わるとあっというまに忘れる。
しかし、それでも何度も何度も覚えては忘れ、忘れては覚えてを繰り返していると、近時記憶を経て、長期記憶に移行できる。忘れかけたら、またすぐに思い出すのが記憶するコツだ。
長期記憶はプールのように大きな容量を持ち、一度覚えるとずっと忘れない。
ちなみに、年をとって、ものの名前が思い出せなくなるのは、情報量が多くて脳が混乱し、取り出すのに時間がかかっている状態。
記憶の棚に入れたり出したりする
発想は、頭の中に記憶(情報や体験)がなければ出てこない。知識もなく、なんの考えもなければ、文章は書けないということ。
この記憶の中には、できれば過去の秀作に関する情報も入っているといい。
「こんな題材を盛り込んで、こんなふうに切り返したエッセイがあった」「こんな設定で、こんなふうに展開した小説があった」という記憶が自作に生きる。
しかし、せっかく覚えた情報も、すぐに取り出せないのでは困る。
そこで記憶の棚に入れたり出したりを頻繁に行う。
毎日のように記憶の本棚を眺めていると、どこにどんな記憶があるかわかるようになり、記憶を引き出しやすくなる。
その点では、公募の作品を作るというのは記憶を引き出すトレーニングになる。そのときはあることの記憶を題材として使わなかったとしても、一度引き出された記憶は出やすくなるから次に生きる。
あとは日常的に新しい記憶を入れ、入れたら何度も何度も思い出し、引き出しやすいように準備を整えておく。このストックは多いほうがいい。
リラックスしないと出てこない
記憶を蓄えて、頭から取り出しやすくしたら、あとはいい発想を待つだけだが、脳自体の機能が衰えている人は脳トレをする。
脳を鍛えるには、一度に別の作業をするとよい。たとえば、音楽を聴きながら足踏みをし、さらに計算問題をするといった作業をすると、脳の地力がつく。
あるいは、バランスのよい食事と適度な睡眠、規則正しい生活は脳のためには必須だ。
こうした条件を備えたら、あとはリラックスしてアイデアがわくのを待つ。
脳には、デフォルト・モード・ネットワークという脳の中をぐるぐるまわって面白いものはないか探している回路があり、これは脳活動が低下すると働き出す。トイレやお風呂などでリラックスしたときにアイデアが出やすいのは、このデフォルト・モード・ネットワークが脳内の何かと何かを結びつけて新しいものを生むから。
ただし、脳内の無数の情報のどれとどれが結びつくかはわかりようがなく、どんなアイデアが出るかは本人にもわからない。
発想を生む5か条
- 経験や知識を蓄積する
- 上手い作品を模倣する
- 記憶を取り出しやすくしておく
- 頭を使って脳に負荷をかける
- 脳を休ませてリラックスする
※本記事は「公募ガイド2017年10月号」の記事を再掲載したものです。