時代小説のいろは3:町人の生活・江戸のビジネス


大家と言えば親も同然
町人の持ち家が町家。町人居住区は狭く、通りに面して商店が並び、店の奥が住まい。これを表店と言います。
表店の間の路地には木戸があり、その奥には長屋があります。これが裏長屋、裏店と呼ばれる借家。標準的な間取りは九尺二間、つまり、間口が九尺(二・七メートル)、奥行きが二間(三・六メートル)。もっと広い長屋や二階建てもありましたが、七割は九尺二間の平屋でした。
借りるときは大家が身元を調べ、旅に出るときは関所手形を書いてもらう。嫁をもらうにも同意が必要で、そのため「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」と言われます。この大家は長屋の所有者ではなく管理人です。家賃は日払いでした。
長屋の腰高障子を開けると一・五畳分の土間にへっつい(竈)があり、水甕も置いてあります。残り四畳半には長持などの家財道具があります。押し入れはなく、布団は枕屏風で隠しておきます。食卓はなく、箱膳という食器を収納できる一人用の膳を使います。
裏長屋には共同の井戸、便所(惣後架と言います)、掃き溜め(ゴミ溜め)があります。大便は農家が買い取り、大家の現金収入に。なお、江戸の便所の戸は、半戸という下半分しかないものでした。
貧しいながら気楽な暮らし
夜が明けると明け六つ。定時法ではないので夏と冬では同じ明け六つでも一時間以上ズレます。
朝起きると、木の先端を房状にした房楊枝に歯磨き粉(細かい房州砂に香料を混ぜたもの)をつけて歯を磨きます。
朝食は白米、味噌汁、納豆や海藻類のおかずの一汁一菜。魚は週に一回ぐらい。食器は水に灰を混ぜて洗います。
湯屋(銭湯)は江戸初期は蒸し風呂でしたが、中期以降は湯船があります。構造は今と同じで脱衣所、洗い場、湯船ですが、湯船の前に石榴口があり、それをくぐって中に入ります。
石鹸はなく、米ぬかで洗います。一応、混浴禁止になっていました。江戸っ子は日に何度も湯屋に行きましたが、この湯屋と髪結床は社交場でもありました。
日中、子供は寺子屋へ行き、帰宅しておやつ。夕食は朝の残りを茶漬けで。明かりは行灯の火。菜種油やろうそくは高く、庶民は魚油を使いますが、臭いのですぐに消して寝たとか。寝具は敷布団に寝ござを敷き、枕は箱枕。掛布団はなく夜着の掻い巻きをかぶって寝ます。
夏は蚊遣りを焚き、蚊帳を吊ります。
使わないものは質屋に預けてあり、冬になると冬物、炬燵、火鉢などを出し、代わりに夏しか使わないものを預けます。
江戸は超リサイクル社会
江戸には仕事が溢れており、「薪割ろうか、風呂焚こうか」と言えばすぐに声がかかり、町をぶらぶらしていれば口入れ屋(斡旋業)が声をかけてきました。
医者にも簡単になれました。当時は無免許で開業できたので、月代を剃るのが面倒だからと医者になった人もいたとか。
江戸の庶民は大半が地方出身者で、そのうえ冷蔵庫もないため、いろいろな食品その他を物売りから買いました。棒手振りは天秤棒を担いた行商人で、魚、野菜、味噌、醤油、朝顔、金魚、鈴虫、冷や水など多種多様なものを販売。なかには季節ごとに売るものを変える人も。
また、江戸はリサイクルが盛んで、ありとあらゆるものが再利用されました。
下駄の鼻緒を売る鼻緒屋、古着屋のほか、壊れた傘の骨、溶けて流れたロウソク、要らない扇、女性の髪の毛(かつらを作る)、灰(洗剤にする)、紙屑(再生紙を作る)も引き取られ、これらをなんでも買い取る見倒屋もありました。
献残屋は武家や商人に贈られた贈答用品を買い取る商売。肥取りは肥料用に糞尿を汲む商売で、代金は長屋の大家の臨時収入になりました。また、馬糞拾いもいて、こうした〝なんでも再利用〞のおかげで江戸の町はとてもきれいでした。
庶民は貧しく、損料屋という今でいうレンタルショップも人気。また、使い捨てはせず、鍋釜を直す鋳掛屋、陶器を修理する焼き継ぎ屋も繁盛しました。こうした職人には現場に出る出職と家でする居職があり、築城と火災が多い関係で、江戸でもっとも多い職人は大工でした。
江戸時代特有の商売
武士の給料は米で払われましたが、生活するためには換金する必要があります。
それをしたのが札差です。札差は依頼主の武士から蔵米手形を受け取り、その日の相場で換金して依頼主に渡しました。
また、札差は来年獲れる米を担保に、武士を相手に高利貸しもしました。
飛脚も今はない商売。一般人が使うのは町飛脚で、江戸・京都間がだいたい三十日。急ぎの場合は「十日限り」「六日限り」という速達もあり、「四日限り仕立」となると金四両二分と高額でした。
旅館は今もありますが、武士が止まるのは本陣。庶民は旅籠で、これは江戸中期には飯盛旅籠と平旅籠に分かれます。
飯盛旅籠の飯盛女は給仕が仕事ですが、のちには売春がメインに。食事の出ない素泊まりの宿は木賃宿と言います。
江戸中期、就学率は80%で、大半の子が寺子屋通い。読書熱が高まり、草双紙、洒落本、人情本、滑稽本などが読める貸本屋が繁盛しました。
※イラスト:三浦宏一郎
※本記事は「公募ガイド2012年8月号」の記事を再掲載したものです。