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すべての小説にミステリーを1:ミステリーってどんな小説?

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宗家は本格推理

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表1 ミステリーの分類

「謎」のあるエンターテインメント小説はすべてミステリーとしてくくり、推理色の強い「推理小説」と、謎解きは主眼ではない「サスペンス」とに分けてみました(表1参照)。
推理小説の筆頭格は「本格推理」です。
「本格推理」は密室殺人や不可能犯罪などを扱う謎解きプロパーの小説で、別名パズラーと言われるものです。
「本格推理」の名付け親は甲賀三郎で、「純正探偵小説論」(大正15年)の中で氏は、純粋な論理的興味を重んずるものを「本格」、異常心理や病的なことを扱っているものを「変格」と呼んで区別しています。
ちなみに「心境小説」でない本来の近代文学のことを「本格小説」と言いますが、「本格推理小説」という言葉は「本格小説」に倣ったもののようです。
戦前まで、推理小説は「探偵小説」と呼ばれていました。探偵が出てきて事件を解決するのが定番だったからです。

「探偵小説」は、後年ダシール・ハメットを嚆矢とする「ハードボイルド」を生みます。日本ではバイオレンス小説のように誤解されている面もありますが、他のミステリーとの違いは内面を書かずに内面を表現するという点にあります。
「警察小説」は、「探偵小説」では脇役だった警察官を主人公としたもの。それが検事や弁護士になると「法廷ミステリー」、医者になると「医療ミステリー」、乗り物をトリックに使えば「トラベルミステリー」、学校が舞台なら「放課後ミステリー」と分類していくとキリがありませんが、題材や設定が違うだけで、ジャンルとしては同じです。

拡散するミステリー

戦後、それまでの本格推理とは違った作風のミステリーが登場します。それが「社会派」です。
「社会派」は松本清張を嚆矢とし、社会性ある話題、問題などを扱ったリアリティー重視の人間ドラマです。
こうした重厚で暗いミステリーとは逆、ほのぼのとしたコメディータッチの推理小説が「コージーミステリー」です。主人公が普通の主婦だったりして日本ではあまり作例がありませんが、近いジャンルとしては「ユーモアミステリー」があります。
「時代ミステリー」は捕物帳など舞台設定が江戸時代以前のもの。「歴史ミステリー」は現代を舞台とし、現代人が歴史の謎に挑む小説です。
一方、謎解きの推理色は薄いものの、ハラハラドキドキ、サスペンスフルな小説もあります。「冒険小説」「スパイ小説」「ホラー小説」などです。
また、「犯罪スリラー」は勧善懲悪という大衆小説の定番を逆手にとったような小説。ピカレスク小説、ゴシック小説の流れを汲み、異常な犯罪者側から描いた犯罪心理小説や、人間の悪意や暴力を扱ったノワール(ロマン・ノワール)、サイコスリラーなどがあります。

謎のウエイトによるタイプ

ミステリーの謎には、

  •  「フーダニット=誰がやったのか」
  • 「ハウダニット=いかにやったのか」
  • 「ホワイダニット=なぜやったのか」

の三つのタイプがあります。
「フーダニット」の典型は謎解きプロパーの本格推理です。犯人は分からず、それを探偵や刑事が暴いていく形式です。
「ハウダニット」は「どのように」に力点があるタイプで、犯人は序盤で分かっていることが多いのが特徴。「刑事コロンボ」「古畑任三郎」シリーズのような倒叙型もハウダニットです。
倒叙型とは、最初に犯人が明かされ、その後、犯行が暴かれたり、アリバイが崩されたりする形式を言います。
「ホワイダニット」が問題とするのは、犯人の動機です。犯行のきっかけに人間らしいというか人間くさい動機を与え、それによって深いドラマに仕上げます。
「フーダニット」「ハウダニット」「ホワイダニット」は独立した要素ではなく、どの要素を主眼とするかはありますが、ミステリーには三つとも必要です。
ただ、パズル的な密室殺人や不可能犯罪では「フーダニット」と「ハウダニット」が重要なのに対して、現代のミステリーでは「ホワイダニット」がもっとも重要になります。それは動機の設定が甘いと、どんなに巧妙なトリックを思いついても、「So What」(だからなんなの?)と言われてしまうからです。

ミステリーの十戒

ミステリーは作者と読者の知的ゲームであり、ゲームであれば、そこには共通のルールが必要になります。

ノックスの十戒

1.犯人は物語のはじめのほうで登場している人物でなければならない。
2.探偵方法に超自然の能力を用いてはいけない。
3.犯行現場に秘密の抜け穴や通路を使ってはいけない。
4.未発見の毒薬やむずかしい科学上の説明を要する装置を犯行に利用してはならない。
6.偶然や第六感で、探偵は事件を解決してはいけない。
7.探偵自身が犯人であってはいけない。ただし犯人が探偵に変装して、作中の登場人物をだます場合はよい。
8.探偵は読者に提出しない手がかりで解決してはいけない。
9.探偵のワトスン役(物語の記述者)は自分の判断をすべて読者に知らせねばならない。
10.双生児や一人二役の変装は、あらかじめ読者に知らせておかねばならない。

(藤原宰太郎『世界の名探偵50人』)

謎が解明できるようフェアなかたちで手掛かりを出し、読者が納得できるよう論理的に解明せよということですね。
※「十戒」の5は割愛。また、「ヴァン・ダインの二十則」というのもありますが、似た内容なので省略しました。

ミステリーの歴史

推理小説の源流は三つ。
16世紀にスペインで始まったピカレスク小説(悪漢譚)、18世紀から19世紀にかけてイギリスで流行したゴシック小説(恐怖小説)、それから民話や童話にもある謎物語です。
これらを土台とし、1841年、最初の探偵小説と言われる『モルグ街の殺人』(エドガー・アラン・ポー)が生まれます。
論理的に謎を解明するという小説はやがてガボリオやボアゴベらを生み、各方面に影響を与えます。コナン・ドイルの『緋色の研究』もポーとガボリオの影響で書かれたものでした。
欧米では、第1次大戦が終わって第2次大戦が始まるまでの1918年~1939年、探偵小説が黄金期を迎えます。1920年代にはアガサ・クリスティー『スタイルズ荘の事件』、フリーマン『樽』が書かれ、1930年代にはヴァン・ダイン、エラリー・クイーン、ディクスン・カーといった本格推理作家が人気を博します。
一方、アメリカではダシール・ハメットやレイモンド・チャンドラーらによってハードボイルドが書かれ、同時にそれとは真逆のコージーミステリーも生まれます。
戦後の欧米では本格推理の作風がすたれ、1950年代は心理サスペンスや犯罪小説、サイコスリラーが流行します。一方、東西冷戦の影響もあってスパイ小説も生まれました。
日本では明治20年代、黒岩涙香によってガボリオやボアゴベが翻案されて探偵小説が人気となり、大正12年、江戸川乱歩が登場。『二銭銅貨』は初の国産探偵小説と言われています。
昭和20年代は、横溝正史、高木彬光に代表される本格長編が人気となり、その中から山田風太郎、鮎川哲也らが出てきます。
昭和30年代は松本清張など社会派の時代。清張作品では読者にも起こりうる事件が圧倒的なリアリティーで描かれており、それまでの推理小説の作風を一変させます。
清張の活躍は、佐野洋、三好徹、森村誠一、夏樹静子らを生み、国産ミステリーの黄金時代を作ります。
その後、ハードボイルドでは生島治郎、大藪春彦、大沢在昌、北方謙三が登場し、トラベルミステリーの西村京太郎、ユーモアミステリーの赤川次郎などジャンルが拡散。女流では宮部みゆき、高村薫、桐野夏生ら人気作家を輩出します。
平成になると、戦前なら本格に対して変格と言われたホラー小説やファンタジーがブームとなります。
こうしたジャンルの浸透により推理小説でない小説にもミステリーの手法が応用されるようになりました。今やミステリーはジャンルではなく手法と言ったほうがよさそうです。

※本記事は「公募ガイド2012年9月号」の記事を再掲載したものです。