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すべての小説にミステリーを4:創作志望者のための 国内・海外ミステリー10作(野崎六助先生選)

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ミステリーは時代の産物

――国内・海外の名作を各10作品を選んでいただきました。それぞれどんな作品なのか、また読みとるべきポイントについて教えてください。

ランキングではなく古い順にピックアップしていますが、年代順に読むというより、まずは作家の魂に触れてほしい。
技術的に優れているだけでなく、作者の熱がこもった作品が不朽の名作として時代を超えて残っている。今回はそういう観点で選びました。
『不連続殺人事件』は、登場人物がみんな怪しく、誰が犯人か分からない。設定そのものがトリックになっていて、そのトリックを不自然に感じさせないリアリティーがちゃんとあるんです。戦後の混乱した時代にしか成立しなかった作品で、坂口安吾の精神が出ている作品です。
『妖異金瓶梅』は山田風太郎の世界観があらわれた特殊な作品です。ハーレムで起こる殺人事件という異常な世界を設定することでミステリーのルールを変えてしまった。書き方の約束事にとらわれるとアイデアがしぼみますから、こういう手もあることを知っておくといいですね。
1950年代の作品ですが、現代にも十分通用する作品です。

――やはり作品の世界観に時代性は大きく関係しているのでしょうか。

ミステリーは時代と関係ないと思い込んでいるなら、それは違います。
『憎悪の化石』は、アリバイ破りがとても面白いだけでなく、作者は刑事が足を棒にして捜査してまわる過程で戦後の東京の風俗を見事に映している。素晴らしい作品です。本格派の第一人者というイメージが強い鮎川哲也ですが、作者の社会に対する目がちゃんとある。

――書き方として参考になる作品はありますか。

赤川次郎の『ひまつぶしの殺人』は、場面構成、セリフ、視点の切り替えのお手本のような作品です。キャラクターと背景を無駄のないセリフで紹介し、会話をくどくど書かずに省略しながら、ぱっと視点を切り替えて物語を別のところに持っていく。構成のイメージがしやすいだけでなく、軽く読める書き方の実例に触れたいなら最適です。

――最近の作家でおすすめの作品はありますか。

次の三作品は一生に一度書けるかどうか分からないぐらい特別な作品です。
島田荘司の『占星術殺人事件』は、トリックの破天荒さがすごい。これを思いついたらこれ以上はなかなかできないと思います。また、山口雅也の『生ける屍の死』は、死者がよみがえるゾンビの世界を舞台に起こる殺人事件。SF的な設定を使って謎解きミステリーが書けるという例を見せてくれた作品です。
京極夏彦の『鉄鼠の檻』は、禅問答がだんだん広がっていき謎解きの世界になる。このテーマは熟練の作家でもなかなか書けない。ここまで書かれると、あとは退散するしかないというレベルの作品です。

名作は創作の道しるべ

――読者の予測を裏切るトリックを書くにはどうすればいいのでしょうか。

最近の作品で、予測不能という意味では井上夢人の『ラバー・ソウル』は特出しています。タイプとしては叙述トリックで書かれており、最後でひっくり返すという簡単な方法なんですが、読者は最後までどこでひっくりかえすのか分からない。完全にだましきるんです。そのために作者は、証言インタビューによるドキュメンタリータッチという手法をとっている。表現の一例として、こういう書き方があったのかとひざをたたきたくなるような作品です。

――初心者がミステリーを書く場合、特に参考にしやすい作品はありますか。

作家は普通、創作秘話などは語りたがらないものですが、伊坂幸太郎は分かりやすく語ってくれますね。作品とあわせてインタビューや解読本を読むと創作のヒントに役立つと思います。
『死神の精度』は短編連作ですが、ぞれぞれに違う味わいがありながらもひとつにまとまっている。構造や短編連作のお手本になる作品です。
最後にあげた岡本綺堂の『半七捕物帳』は、これだけは! という古典の名作。
推理小説は、これに始まりこれに終わるといってもいい。繰り返し読んでも発見があり、創作に迷ったときの道しるべにもなる作品です。

黄金期から現代までの海外の傑作

――海外の作品についてはいかがでしょうか。

まずミステリーの黄金期(1930年代)のアメリカ、イギリスから二作選びました。一作目はエラリー・クイーンの『Yの悲劇』。この作品には章ごとに時間と場所が明記されています。黄金期の普通の手法です。それをそのまま使うというより、頭の中で時間と場所を把握しながら書く重要性が学べる作品です。
ディクスン・カーの『火刑法廷』は謎解きミステリーなんですが、論理的な解決が終わったあとにオカルト的な解決もできます。二通りの解釈ができるというわけです。創作中級者でも書くのが難しいスリリングな展開です。ぜひ堪能してほしいですね。

――ミステリーには大掛かりな殺人事件が必須だと考える創作者もいると思いますが、いかがでしょうか。

殺人がなければミステリーじゃないと勘違いして、現実離れした殺人事件を書く初心者がいますが、そうではない。
パトリシア・ハイスミスの『殺人者の烙印』などは、夫婦の心理描写と殺人者の幻想がうまくとけあっている作品。ある小説家が妻への殺人願望を創作メモとして書いていたのが、実際の妻の失踪をきっかけに、彼が疑惑の対象となり、事件がメモのとおりになったような進展をする。心理的描写に圧倒的な迫力があり、必ずしも殺人が必要でないことを教えてくれる作品です。

――海外ならではのジャンルというのはあるのでしょうか。

クレイグ・ライスの『スイート・ホーム殺人事件』は、子供たちが探偵になって謎解きをするというコージー・ミステリー(ほのぼのミステリー)の草分け的作品です。日本ではあまり見られないスタイルですね。

――海外ミステリーには、ハードボイルドタッチの名作も多くありますが、特にお勧めの作品はありますか。

サスペンス・ハードボイルドというジャンルになりますが、ジム・トンプソンの『内なる殺人者(おれの中の殺し屋)』は、一人称小説の凄みを味わえる究極の作品です。とにかく主人公がクレイジーで、完璧なサイコキラー小説です。
また、リチャード・ニーリィの『殺人症候群』もサイコキラーの手記で、一人称で書かれています。どんでん返しの切れ味のよさ、見事さがなんともいえない作品です。
いずれも客観三人称では書けない究極の作品といえます。

――歴史ミステリーという手法はかなりハードルが高く感じられますが、お手本となる作品はありますか。

ウンベルト・エーコの『薔薇の名前』は、中世の世界にミステリーを移し替えてこれだけの作品ができるということを証明してくれた作品です。
また、歴史改変ミステリーとして特出しているのが、アラン・グレンの『鷲たちの盟約』。アメリカがファシスト化したらどうなったかというIFのミステリーで、歴史的知識と文明批判を通して現代を考える作品です。歴史ミステリーは、膨大な知識量と見識、書く労力や時間も必要ですから、優れた作品からまずはエッセンスを得るといいですね。

――最近の作品で、特徴的なミステリーはありますか。

スティーグ・ラーソンの『ミレニアム』シリーズに代表される北欧ミステリーがすごい勢いで目立ってきています。これらには、テーマがはっきりとある。
『ミレニアム』では、スウェーデン社会で女性が受けている性的虐待への抗議が隠れたテーマとなっています。決して声高に主張するのではありませんが、ミステリーにはこういう表現もあることを教えてくれます。
古い作品ですが、最後は、G・K・チェスタトンの『ブラウン神父の童心』。これも別格作品で、『半七捕物帳』と同じく、プロが何度読み返しても豊かな鉱脈が埋まっている作品。創作者はいろんなネタを拾って、あれもこれも書きたいと思うでしょうが、そうしたヒントが昔の名作にあるという例です。

国内ミステリー名作10選

  • 不連続殺人事件/坂口安吾
  • 妖異金瓶梅/山田風太郎
  • 憎悪の化石/鮎川哲也
  • ひまつぶしの殺人/赤川次郎
  • 占星術殺人事件/島田荘司
  • 生ける屍の死/山口雅也
  • 鉄鼠の檻/京極夏彦
  • 死神の精度/伊坂幸太郎
  • ラバー・ソウル/井上夢人
  • 半七捕物帳/岡本綺堂

海外ミステリー名作10選

  • Yの悲劇/エラリー・クイーン
  • 火刑法廷/ディクスン・カー
  • スイート・ホーム殺人事件/クレイグ・ライス
  • 内なる殺人者(おれの中の殺し屋)/ジム・トンプスン
  • 殺人者の烙印/パトリシア・ハイスミス
  • 殺人症候群/リチャード・ニーリィ
  • 薔薇の名前/ウンベルト・エーコ
  • ミレニアム1(ドラゴン・タトゥーの女)/スティーグ・ラーソン
  • 鷲たちの盟約/アラン・グレン
  • ブラウン神父の童心/G・K・チェスタトン

 

※本記事は「公募ガイド2012年9月号」の記事を再掲載したものです。