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名作のパクり方1:物語の骨格を抜き出す

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盗作はだめ、下敷きにする

「パクる」というのは「逮捕」を意味する隠語で、「盗作、盗用、真似」の意味でも使われます。もちろん、小説やエッセイ、シナリオなどで他人の著作物を盗用することは許されません。
しかし、着想やストーリー、設定などを借り、それを下敷きにして新たな作品を作り上げることはかまいませんし、それはどんな作家でもやっています。
そもそも、全く無の状態から作品を作り上げることは不可能であり、オリジナル作品とは、無数の物語を読んできたその集積のうえに成り立つものです。
それはたとえて言うとジューサーミキサーのようなもので、先行作品という素材を入れなければ何も出てきません。
ただし、リメイクした作品の中に元の素材そのままのものがあってはまずい。そのあたりの最終的な線引きは自分でするよりなく、作者の経験と良心に任せるしかありません。

翻案、リメイク作品は無数に

名作や既存の作品をベースにする、リメイクするというのは昔からあり、たとえば、ジュリア・ロバーツ主演の『プリティ・ウーマン』は、オードリー・ヘプバーン主演の『マイ・フェア・レディ』を下敷きにしています。
設定は全然違いますが、悲惨な境遇の主人公がいて、彼女を教育する王子様的な男性が現れるという話の骨格に関しては同じです。
1972年に映画化された『ポセイドン・アドベンチャー』(原作 ポール・ギャリコ)と、1997年にジェームズ・キャメロン監督・脚本によって映画化された『タイタニック』は同じ事件を題材にしています。
主人公とストーリーは全然違いますが、「二十世紀初頭、当時世界最大の豪華客船タイタニックが、サウサンプトンからニューヨークに向かう処女航海の途中、深夜氷山に激突、死者千人を越える犠牲者を出した」というアウトラインに関しては全く同じです。
もちろん、同じ話や事件を下敷きにしているだけであって、これを盗作と言う人はいません。
小説の場合も、名作や既存の作品をベースにリメイクするというのは、昔からよくあります。
たとえば、芥川龍之介の「羅生門」「鼻」「芋粥」は『今昔物語集』に、「地獄変」は『宇治拾遺物語』に題材を得ています。
また、芥川を強く意識していた太宰治も芥川に倣い、民話を題材にした『お伽草子』という作品を残しています。
三島由紀夫の『潮騒』は三重県の歌島を舞台に、漁夫と乙女が障害や不運を乗り越えて恋を成就させるまでを描いた純愛物語。これは、エーゲ海のレスボス島を舞台に、少年と少女が純真な恋をし、恋敵、海賊、戦争といった障害を乗り越えて恋を成就させるまでを描いた古代ギリシアの散文『ダフニスとクロエ』に着想を得て書かれたものです。

パロディーとオマージュ

「リメイクした作品の中に元の素材そのままのものがあってはまずい」と書きましたが、部分的にでも一字一句同じ文章なら、まずいどころか著作権に触れますし、法的には問題なくとも、有名なシーンとそっくりなところがあれば、本当のパクリになってしまいます。しかし、敢えてパクる手法もあります。
たとえば、パロディー。映画『グレムリン』には、ギズモがランボーさながらアーチェリーで対抗するシーンがありますが、これは「ははは、ランボーじゃん」と言って笑えるパロディーですね。
あるいは、オマージュ。ジョージ・ルーカス監督の『スター・ウォーズ』の中にはR2- D2とC - 3POが荒野を歩くシーンがありますが、これは黒澤監督の『隠し砦の三悪人』と同じカットと言われています。これはオマージュ(尊敬する作家や作品に影響を受けて似たような作品を創作すること)という手法です。
パロディーもオマージュも盗作とは紙一重のところがあり、パロディーやオマージュだからなんでも許されるということではありませんが、書いた人に悪意がなく、読んだ人にもパロディーやオマージュだとはっきり分かるのであれば、これらの手法は許されます。

使い方の大小にもよる

形のないアイデアやトリックに知的所有権はありませんが、《寝台特急の中で殺人事件発生、犯人は乗客全員だった》なんていう結末であれば、アガサ・クリスティーが80年も前にやっていますからお粗末のそしりは免れません。しかし、それを承知で、小ネタとして使う手はあります。

 

カンタがこたつで横になっていると、天井からするすると蜘蛛が降りてきた。殺虫剤を探しながら、ふと思う。こいつ、何を食って生きているのだろう。肉食なら虫か。しかし、家の中に蛾や蝶はそうそういない。では、ダニやノミか。
ならば好都合、ダニやノミを駆除してくれるなら生かしておこう。それに、とカンタは思う。いつか地獄に落ちたとき、天上から糸を垂らしてくれるかもしれない――。

 

最後の部分は芥川の『蜘蛛の糸』のことを言っているわけですが、作品の核となるような大きな仕掛けでなければ問題とはなりません。和歌でいう本歌取りのようなものです。

リメイクのやり方

ストーリー作りが苦手な人は、有名な作品の骨格だけ借りて、そこからオリジナル作品を作るということをすると、作品も作りやすくなりますし、話の作り方の勉強にもなります。
では、実際にリメイクをやってみましょう。長編では紙幅が足りませんので、昔話の「桃太郎」を例にとります。

 

《あらすじ》
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがありました。
おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が流れてきました。おばあさんは、その桃を持って帰り、おじいさんと一緒に割ってみました。中には元気な男の赤ん坊がいました。
赤ん坊は桃太郎と名づけられ、大事に育てられました。成長した桃太郎は、村人を苦しめている鬼ヶ島の鬼を退治しに行くことにしました。出掛けるとき、おじいさんとおばあさんはキビダンゴを持たせてくれました。
途中、イヌと会い、キビダンゴを与える代わりに家来としました。同じようにサル、キジも家来にしました。
鬼ヶ島に着くと、桃太郎たちは鬼を退治し、金、銀、珊瑚、綾錦の宝物を村に持ち帰りました。

 

では、ここから枝葉の部分を削りとり、骨格だけを抜き出してみましょう。

 

《話の骨格》
むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがありました。
おばあさんが川から桃を持って帰ると、中から桃太郎が出てきました。
桃太郎は大人になると、イヌ、サル、キジを連れて鬼退治に行き、村に宝物を持って帰りました。

 

これをさらに要約し、話の核となるまでつづめてみましょう。

 

《話の核》
桃太郎が供を連れて鬼退治に行き、宝物を持って帰ってくる。

 

次に、これを一般化します。数学で言えば公式にするわけです。

 

《公式》
AがBを連れてCに行き、Dを持って帰ってくる。

 

こうなるともはや桃太郎の話ではなくなります。
では、A、B、C、Dの値に適当な数値(素材)を代入してみましょう。

 

《代入後の一例》
徹平が、妻と一緒に海外に赴任し、夫婦関係に溝を見つけて帰ってくる。

 

このように、元のストーリーを最大限つづめて公式化し、そのあとで人物設定や舞台設定を変え、それをどんどん膨らませていけば、もはや桃太郎をリメイクしたものだとは気づかれないはずです。

参考資料 柏田道夫著『エンタテイメントの書き方1』(映人社)

 

※本記事は「公募ガイド2013年2月号」の記事を再掲載したものです。