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私の作家修業時代3:土壌がなければ芽も出ない(赤川次郎インタビュー)

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とにかく書くことが楽しかった

――中学生の頃から小説を書き始め、高校3年間で原稿用紙3000枚を書かれたとか。

兄が買ってきた『シャーロック・ホームズの冒険』を読んで、これなら書けるかもしれないと真似て書いたのが始まりです。ただ、原稿用紙は高いし、400字しか書けない。そこでレポート用紙に、今だと自分でも読めないような小さい字でびっしりと。

――そのとき、すでにミステリーを?

最初は書いていましたが、理系科目は全然だめで、頭が論理的ではないのであきらめました。高校時代はずっと普通の小説を書いていましたね。トーマス・マンやドストエフスキーなど海外文学で育ったので、その影響から外国が舞台の話を書いていました。

――論理的思考が苦手でもミステリーは書けるのでしょうか。

ミステリーにはパターンがあるでしょ。それにトリックよりもキャラクターの面白さで読ませようと思っていましたから。

――いつからプロになろうと?

実は職業としてはっきり意識したことがなくて、とにかく好きで書いていたんです。むしろ仕事にすると、書きたくないものを書かなくてはいけないような気がして嫌だったんです。だから、生活費は会社で稼ぎ、そのかたわら書いていこうと考えていたんです。

――それで同人誌に?

僕は学会誌を作る会社の編集部にいたのですが、年上の後輩が入社してきて、同人誌をやろうと誘われたんです。すると、そこに書いた小説が女性に人気で、「うまいね、面白いね」と。そのとき初めて、自分が書いたものを人は面白がってくれるんだと知ったんです。

――文学賞に応募したのはなぜ?

年々仕事が忙しくなってきて、書く時間がなくなりました。このままでは書かなくなりそうだったので、公募という目標を作って書くことにしたんです。

――それが「オール読物」ですね。

最初はどの賞にどんな作品を出せばいいか分からなかった。でも、当時、「オール読物推理小説新人賞」という賞があり、これなら募集内容がはっきりしているし、ミステリーもかなり読んでいたから、1本くらい書けるだろうと。それで書いたのが「幽霊列車」です。

一日に数行でもいいから書く

――受賞作はユーモア・ミステリーとして注目を集め、若い人や女性の読者層を開拓しました。   

当時のミステリーは社会悪を暴く社会派が全盛で、テーマ性も求められる世界でした。僕は古典のミステリーを書いたつもりだったけど、選考委員に今まで日本になかったコージー・ミステリー(ユーモア・ミステリー)だと言われてびっくりしましたね。ああ、そうなのかと。

――仕事をしながら書くコツは?

本を読んで書き続けるしかないですね。
僕はサラリーマン時代、毎日必ず書くようにしていました。忙しくて三、四日書かないでいると、作品世界に戾るのに手間がかかるんです。一日一枚、たとえ数行でもいいから続きを書く。それは心がけていましたね。

――デビュー2年目に『三毛猫ホームズの推理』を出されたきっかけは?

実家で飼っていた三毛猫が15歳くらいで死んだんです。それで記念に書いてやろうと思いました。最初はもっとSF風で、猫がタイプライターを打って人間と話をするような設定でした。でも編集者から、それではミステリーにならないと言われて、猫が自然にやる動作の範囲内にしました。人間がそれを見て何が言いたいか想像し、手がかりをつかむように書き直したわけです。

――『三毛猫ホームズ』は大ヒットとなり、その後シリーズ化されます。

これをきっかけに、いろんな雑誌から定期連載を依頼されました。それでもう収入も大丈夫かなと思って会社を辞めたんです。新人賞を獲ると各出版社から書き下ろしの依頼が来て、仕事がいっぱい来たと勘違いをして会社を辞める人がいますが、それは危険です。書き下ろしは面白かったら出してあげるという意味なので、ボツもあるんです。でも、連載は必ず載りますので、確実に収入になる。

――先生の作品は情景がイメージしやすい印象があります。

父が映画会社に勤めていたので、小さい頃から映画をたくさん観ていました。それに、もともと映画監督になりたかったんです。だから僕の場合は、場面が映像で浮かばないと文章に書けないですね。
その映像を小説の形にし、いかに読者の頭の中に上映できるか。そういう感じで小説を書いてきました。

――映画からストーリーテリングを学ばれたのでしょうか。

それはありますね。映画にはいろんな技法があります。カットバックという4、5ヵ所で同時に起こっていることを交互に描く場面転換の技法とかは小説でも十分に生かせます。また映画はワンカットの長さが違い、ラブシーンは長くしたり、アクションシーンなら短い場面をつなげて迫力やテンポを出したりする。それを文章の長さに置き換えて、センテンスにリズムをつけるんです。そういうことは映画からも学べますね。

修業時代は土壌づくりの違い

――キャラクターから作るというのを、先生は30年も前にやっていたんですね。

そうですね、『セーラー服と機関銃』というのも、まず先にタイトルが決まりました。女子高生を主人公にするとして、女子高生からもっとも遠いものは何かと考えて組みわせてみたんです。

――最新刊『天使にかける橋』のコンビも魅力的ですね。

地上で研修中の天使・マリと、成績不良で人間界にやってきた悪魔・ポチという設定です。二人をぶつけたら面白いという発想から生まれています。また、超自然というかファンタジックな設定のほうが、物語を面白く展開させられ、多少現実離れしていてもちゃんと受け入れてもらえる部分はありますね。

――読んでいてわくわくする、楽しいエピソードが詰まったミステリーですね。

エンターテインメントは楽しませる職業だから、読者のニーズは意識すべきですね。ただ、読者に媚びるのとサービスするのとでは歴然と違う。自分はこうしたくないけど、こうすれば読者は喜ぶだろうということで書いてしまうと、絶対読者に伝わるんです。それはやってはいけないですね。

――新人作家に一番求められるものは?

今までいた人と同じものを書いていたら、新人として出る意味がないですね。

――このジャンルの書き手はまだいないから、のように隙間を狙う?

しかし、それをやるには相当の腕がないと書けない。まして、自分が書きたいジャンルと違う場合は大変です。

――そうした強みを身につけるには時間がかかりますが、そのための方法は?

ミステリーを書きたいからとミステリーばかり読んでいてはだめです。自分のアンテナをいろんなところに向けて、お芝居を観たり、映画を観たり、音楽を聞いたりすることが大事です。それらを栄養にして、そこから自分の書くものを考えていく。そのうえで、あくまで自分の書きたい範囲を守りながら、どれだけ新しいものが書けるかを考える。

――土壌がしっかりしていないと芽も出ないということですね。

氷山の1割だけが水面に出ていて、あとの9割は水面下に隠れているようなもので、作品として結実するのはほんの一部分。だから、本当にたくさんのものを取り込んでおかないといけない。これらを自分の努力で増やすしか、新しいものは作り出せないんですよね。

 

赤川次郎(あかがわ・じろう) 

76 年、『幽霊列車』でオール讀物推理小説新人賞を受賞。「三毛猫ホームズ」シリーズ、「三姉妹探偵団」シリーズ、「幽霊シリーズ」をはじめとするユーモア・ミステリーのほか、サスペンス、ホラー、恋愛小説など、幅広いジャンルで活躍。『死者の学園祭』『セーラー服と機関銃』『ひまつぶしの殺人』『探偵物語』『鼠、危地に立つ』など著書多数。昨年、著書555 冊を達成。

 

※本記事は「公募ガイド2014年1月号」の記事を再掲載したものです。