若桜木虔先生による文学賞指南。「『広義のミステリー』で入選するために」
広義のミステリーとは何か
ミステリー系新人賞の応募要項を見ると「広義のミステリー」と謳っているものがある。
「広義のミステリー」とは何ぞや、というと、冒険小説やハードボイルドが該当する。
ミステリー系新人賞では、光文社主催の日本ミステリー文学大賞新人賞が比較的〝広義のミステリー〟が好きである。
おそらく選考委員の誰も行ったことがないだろう、という舞台に設定する手もある。
たとえば下村敦史『サハラの薔薇』月村了衛『土漠の花』などの砂漠冒険物語や笹本稜平『還るべき場所』などの山岳物語、『太平洋の薔薇』などの海洋冒険物語。
下村敦史は『サハラの薔薇』を、現地取材はせず、参考文献と映像資料だけで書き上げている。
『サハラの薔薇』の巻末には参考資料がズラリと載っているので、アマチュアは是非とも執筆の参考に。
海洋冒険物語を書く場合だが、海を舞台にした応募落選作を読むと、例外なく海の場面にリアリティがない。
船に乗ったことがないとしか思えない。外洋は、凄まじく荒れるのが普通だが、ピンと来ないのだろう。
気象庁の天気予報には、その日の波高が出るが、それは、あくまでも平均値であって、一時間に一度は、その三倍の波が来る。
そこで必見の映画は『パーフェクト・ストーム』である。これはDVDも出ているので容易に見ることができる。
誤解を招く『亡国のイージス』
海の場面で誤解を招くのが、福井晴敏原作の『亡国のイージス』である。
これは真田広之の主演で映画化され、DVDも出ているが、問題は、イージス艦の甲板で真田広之がのんびり語り合う場面。
海上自衛隊の協力で、本物にイージス艦を使って撮影されたが、撮影場所が波の穏やかな瀬戸内海。
しかし、黒潮の奔流が流れる太平洋の設定になっているから、どうにもいただけない。
太平洋上で、あんなことをやったら、艦が傾いて確実に海中に転落する。
ことほどさように、海の場面をリアリティを持って描写するのは難しい。
そこを、きちんと押さえて書けば、海洋冒険ミステリーでビッグ・タイトル新人賞を射止めるのは、難しくない。
プロフィール
若桜木虔(わかさき・けん) 昭和22年静岡県生まれ。NHK文化センターで小説講座の講師を務める。若桜木虔名義で約300冊、霧島那智名義で約200冊の著書がある。『修善寺・紅葉の誘拐ライン』が文藝春秋2004年傑作ミステリー第9位にランクイン。