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ツイートする短歌3:東直子先生の朝の歌会を取材しました!

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朝8時、神田のカフェにメンバー10名で歌会

 今回、取材した歌会は、東直子先生のカルチャー教室の教え子などが集まったもの。
「5年前から月に1回、早朝に歌会を開いています。基本は私の教室のメンバーですが、過去に通っていた人などもいます」(東先生)
メンバーは事前に幹事に作品を送り、幹事がまとめた無記名の作品一覧の中から、自作以外の2首を選ぶ。
幹事はその票をとりまとめたうえで、当日の司会進行をする。歌会では票を入れた人が中心になって講評し、入れていない人も自由にコメントを交わし合う。
そして、最後に誰の作品かを明かしたのち、得票の多かったものと、東先生の選が発表されるというのがこの歌会の大きな流れ。
今回のテーマは「お店」。司会の原田彩加さんは告知のとき、「花屋さん、魚屋さん、眼鏡屋さん等々、なんのお店を詠んでいただいてもかまいません。詠草が、街もしくは商店街みたいになったら良いなと思っています」と呼びかけました。
今回は10名が参加しましたが、ここではこの10首と、東先生による寸評を紹介します。

こぼしつつゆく春の道豆腐屋のふかふかけむる街をさがして――高山由樹子

 何をこぼしているのかはあえて書かないことで、かえって広がりが出る、余白のある歌。春になって暖かくなってきて、何か心に満ちてくるものがあふれてこぼれていく。その何かは読者の想像に委ねていて、下の句はオノマトペを使って体感を刺激しつつ非常に柔らかく表現し、その満たされた感覚が上の句の抽象性と響きあって効果的です。春先の雰囲気ともよく合い、豆腐屋さんの湯気が気分を示すものとして気持ちよく伝わってきて、とてもいい歌だと思いました。
原田 ほかにコメントされたい方はいますか。
相田 豆腐屋さんの半透明な水のイメージが浮かんできて、春の道に重なってきれい。
白石 これは朝ですかね。
 午後のイメージがありましたか?
白石 早朝で、まだ暗いのかなというイメージも残る。
 でも、今だと6時ぐらいには明るいかな。
原田 ちょうど通学の時間とかにつくっていた気がしますね。
藤原 昔は鍋を持ってお豆腐を買いに行っていましたよね。そういうのが伝わってきた感じ。
 鍋に水を張ってね。ってそれを体験したことのある人は今やとても少ないかも(笑)。

講評

 この歌のポイントは質感です。春と豆腐と湯気と、感触の異なるやわらかさを畳みかけ、心に充ちるえもいわれぬ気分を代弁しています。「こぼす」という単語の、切なさにも充実にも通じる多義性もいい。

箱の闇に太陽系が膨らんでわたしは真っ赤なりんごをつかむ――三辺律子

明知 箱の中の世界なのに、急に太陽系という言葉が出てきて視点が広がる。それがまたりんごをつかむ手という目の前の視点に戻り、その変化が面白い。竹内 「箱の闇に太陽系が膨らむ」がよくわからなかった。
 箱の中を、宇宙ととらえて……。宇宙の図みたいなのがありますよね。
竹内 間隔が詰まっていると宇宙っぽくないので、間隔を空けて置いてあるとか、そういうことなのかな。
相田 私もそこが疑問で、闇ってどういう状態なのかなと。昔ながらの八百屋さんで、ちょっと奥に入れる店舗があるじゃないですか。そういう暗がりのことだったら闇まで言うかなと。
小野田 箱のふたを閉じているから闇なんですよね。
相田 でも、それじゃ手が入らない……。
竹内 「膨らむ」というのも実景とどうつながるのか。
白石 昔、もみがらに入ったりんごがありましたよね。
竹内 そうか、そういうことか。(歌会終了後)
三辺 「箱の闇」はおがくずだったんですよ。
 それだと、そのまま「おがくずの太陽系」と書いたほうが伝わりやすいですね。「箱の闇」は凝りすぎかも。

講評

りんごの箱に宇宙を見いだした、短詩型文学ならではの壮大な世界観、ファンタジー性が魅力ですが、現実の果物屋さんとの接点がより切実なものとして伝わると、さらに心をつかまれる歌になると思います。

春宵のデパートにあまた目ま なぶた蓋 は閉じ塗られゆく新しい色――相田奈緒

竹内 春のデパートに女性がたくさんいて、まなぶたを閉じてお化粧をしてもらっている景だと思います。ちょっとわくわくする感じというか、何かが始まる感じが面白いですし、どう塗られているのか期待がふくらむ感じと季節の変化のイメージが重なってよい歌だと思いました。
高山 人に顔を向けて黙って上を向いている人がいっぱいいるって、冷静に見ると不思議な怖さがあって、それと「春宵」とか、「閉じる」とか、ちょっと暗いトーンの言葉が響き合って、どこか一瞬違う世界を覗いてしまったような怖さもあって、そういうところもいいなと思いました。
三辺 「新しい色」は肯定的な感じがします。ただ明るくてウキウキという感じではなく、もっときれいなしっとりしたイメージ。
 私は「あまた」が気になって、そんなにたくさんいないんじゃないかって。だから、お化粧している実景というよりは、何かの比喩なのかなと思ったのですが……。
(歌会終了後)
相田 デパートの化粧品売り場の光景でした。夕方、仕事帰りに行くとすごく混んでいて、アイシャドーを塗ってもらうと楽しいんです。

講評

解釈に迷うところがあり、一読では意味が取りにくかったのですが、実景としてじっくり読むと、夕暮れの空の変化と、色づけられていく瞼のイメージが響きあって、浮遊感につながりました。

マリリンの巻き毛みたいなかつ節の光に満ちている乾物屋――小野田光

相田 かつお節とマリリンを結びつけたところが意外でもあり、でも両方美しい感じが絶妙だなあと。そこに光があたるとさらにきれいで、でも最後に「乾物屋」と来て、そのギャップがすごく素敵だなと。
白石 一点、気になるんですけど、なんで「鰹節」にしなかったんですかね。
竹内 「かつお節」と読まれないようにじゃないですかね。
白石 「鰹節」と書いて「かつぶし」と読むんですよ。

相田 ひらがな表記で柔らかくしたかったんじゃないですか。
 「かつぶし」と全部ひらがなにする手もあるよね。
三辺 「乾物屋」は説明的に感じました。お店の題詠だという前提があるせいかもしれません。
藤原 でも、マリリンで始まって乾物屋で終わるっていうのは意表を突いていると思いますけど。
竹内 「マリリンの巻き毛」は強い比喩なので、もっと弱い描写でもいい……。
 「マリリン」を入れたのがいいんじゃないかな。そのインパクトが一首を貫いている。「モンロー」という言い方のほうが一般的だけど、「マリリン」のほうがかわいいよね。
明知 「マリリン」のほうがクルクル感があるよね。

講評

乾物屋さんとマリリン・モンローとの取り合わせが絶妙な一首。こんなふうに、予想を裏切る言葉の組み合わせが、その人ならではの詩的な発見となります。言葉による新しい世界の広がりにわくわくします。

てきぱきと古書にグラシン被か ぶせてる主人は客に興味をみせず――白石正人

小野田 「客に興味をみせず」と言いながら、客に興味があることをうかがわせる終わり方がいい。古本屋さんの頑固なイメージとよく合う。グラシンはパラフィンのことで、それも古本屋さんをよく表している。
白石 古本屋さんは本を偏愛していて、本にしか興味がない。
小野田 この店主は、本に興味がある客を横目で見て、実は逆に興味がある感じがしたんですけどね。
三辺 私は本当に「興味がない」というふうに読みました。どちらにしろ、「興味を見せず」とは書かないほうが想像の余地が広がるような気がしました。
 てきぱきと作業しているということだけ書くという手はありますね。
相田 私は「てきぱきと」が気になっていて、少し説明的かな。「グラシンを」の「を」と「被せている」の「い」を抜いているのも気になります。
藤原 グラシンをかぶせる動作と「てきぱきと」は合わない?
 「てきぱき」というよりは、「次々に」か「一心に」のほうが合っている気がしますね。
(歌会終了後)
白石 「被せてる」は迷ったんですよ。「い」を抜いたのはいいかなと。それより字音を合わせたかった。

講評

 作者の意向をあまり直接的に書かないほうが歌は深まります。この場合、「主人」の心理を書き手が決めつけすぎている面がありますね。
下の句はもっと淡々と描くか、思い切って飛躍させるかしたいところです。

 

※本記事は「公募ガイド2017年5月号」の記事を再掲載したものです。