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2019年11月号特集SPECIAL INTERVIEW 米澤穂信さん

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公募ガイド11月号の特集「その小説に“謎”を!」では、推理作家の米澤穂信さんにご登場いただきました。
誌面に入りきらなかったインタビューをご紹介します。

米澤先生インタビュー

――ミステリーを書く文章力というものはありますか。

米澤先生:文章力は作家にとって筋力のようなものです。走り幅跳びをするのでもマラソンをするのでも、筋力は必要です。
最終的にはアメフトに適した筋肉や、水泳に適した筋肉を身につけることになるでしょうが、まずは基礎体力をつけなければ土俵には上がれません。文章をミステリーに特化させていこうとするよりも、言いたいことを的確に伝えられるわかりやすい文章を書けるようになることが先決です。

――現代のミステリーでは、動機が重要でしょうか。

米澤先生:犯人には犯人なりの切実な理由があるはずですから、動機は重要だというのが基本です。ですが現代では、それを敢えて軽視することで乾いた味わいを出そうとするミステリーもよく書かれています。
理由のない殺人であるとか、奇妙な動機であるとか、余人には理解しがたい動機をクローズアップしたサイコサスペンスであるとか、あるいは動機しかないホワイダニット(Why done it)などなど、さまざまなバリアント(変種)があります。

――初めてミステリーを書く人が注意したほうがいいことはありますか。

米澤先生:たとえば、母屋と離れがあって、離れに行ったときに、思わずかっとなって人を殺してしまったとしましょう。
「どうしよう? このままでは足跡が残ってしまう。そうだ!」となって、竹馬に乗って離れた飛び石を伝って帰るというトリックを考えたとします。
しかし、その竹馬はどこにあったんだということになりますよね。
母屋から持ってきたとしたら、離れに行く前の段階で、これから殺人が起きて竹馬で帰ることがわかっていたということになってしまいます。順番が逆です。

――なるほど、その場合は計画殺人でないとおかしいことになりますね。

米澤先生:もしも竹馬を持っていかなければならないのなら、何か理由を作らないといけません。
今の話はあまりにもあからさまな例ですから間違えることはないでしょうが、もっと複雑なミステリーになると、よく考えると実は因果関係が逆になっているということは、ときどき起こります。

インタビューを終えて(編集後記)

架空の町、簔石が舞台!Iターンを題材としたミステリー

米澤穂信さんの新刊『Iの悲劇』は、Iターンを題材にしています。
故郷を出たあと、また郷里に戻って暮らすことをUターンと言いますが、Iターンは市外から新規転入してくることを言います。現代を象徴するような題材ですね。

『Iの悲劇』の舞台は、市町村合併によって生まれた南はかま市の山あいの集落、簔石(みのいし)。簔石は6年前に無人になりました。住人は0です。
そこで市では甦り課(よみがえりか)という部署を設立し、南はかま市を再生させるプロジェクトを始めます。

その後、この簔石でどんな事件が起きるのかは『Iの悲劇』を読んでもらうとして、第1章の冒頭にこうあります。本筋とはあまり関係はありませんが、「なるほど」と思ったので引用させていただきます。

〈木製の船を保存するため、朽ちた木材を取り替えていく。櫂(かい)を取り替え、帆柱を取り替え、船底を取り替えていく。そうして長い時間が過ぎ、やがて全ての部品が交換されたとき、それは元の船と同じものだと言えるだろうか。〉

(『Iの悲劇』所収「軽い雨」)

面白い考えですね。
名画や歴史的建造物もよく修復しますが、すべての部分を修復したら元の名画、歴史的建造物と言えるのかなとか、100%人造人間は元の人間と言えるのかなとか、思ってしまいますよね。
同様に、人が増えても、文化も風習もすっかり入れ替わってしまったとしたら、それは元の町と言えるのかなあなどと思います。

本当にある場所のようだ!本当にいる人物のようだ!

さて、小説にとってもっとも重要なもの、それはリアリティーですね。
リアル(本当)かどうかは重要ではありません。
リアリティー(本当のようだ)が重要です。

『Iの悲劇』の舞台となった南はかま市。4市町村合併によってできた市で、南山市、開田町、間野町など、合併した市町村から1字ずつとって「南はかま市」です。
なんだか、っぽいですよね。本当にありそう!

簔石の地名については、こう説明されています。

〈弘法大師が全国を行脚している時、大師はこの土地を訪れた。この地の山紫水明をしばし愛で、旅を再開した弘法大師は、背負っていた簑をこの土地に忘れていった。その簑が石と化したため、この地は簑石と呼ばれるようになった〉

 

「みのいし」という音といい、由来といい、っぽいですね。

甦り課のメンバーは、主人公の万願寺邦和(まんがんじ・くにかず)。新卒で去年入ったばかりの観山遊香(かんざん・ゆか)、課長の西野秀嗣(にしの・ひでつぐ)の3人。
万願寺邦和は、甦り課には左遷のようなかたちで異動になりましたが、理由は全くわかりません。前にいた用地課では上司の指示に従って大過なく勤めていたはずで、これといった落ち度はなかったし、人間関係も別に悪くありませんでした。可もなく不可もなく!

観山遊香は、学生っぽさが抜けません。公務員らしくなくポニーテールにしており、万願寺は最初、彼女に敬語で接していましたが、観山からなじめないからやめてくれと言われ、今は普通に話しています。
課長の西野は、始業時刻に部屋にいたことは滅多になく、終業時刻を過ぎて部屋に残っていたことは皆無という人物。
3人とも本当にいそうです。これも、っぽいですね。

 

ミステリーにとって重要なのは、結末やトリックの鮮やかさのように思うかもしれません。
それもありますが、小説で描く世界は虚構(ウソ)ですので、「まるで本当にある場所のようだ、まるで本当にいる人物のようだ」と思わせないといけません。

それら場所や人物の設定のリアリティーは、地味だけど重要なもの。木で言えば根のようなものですね。これがないと、ミステリーの面白さという花は咲きません。
こういうところもミステリーから学びたいですね。

 

米澤穂信(ミステリー作家) よねざわ・ほのぶ

1978年岐阜県生まれ。2001年『氷菓』で第5回角川学園小説大賞・ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受賞。『インシテミル』『満願』『真実の10メートル手前』など著書多数。