2019年12月号特集SPECIAL INTERVIEW 北村薫さん
公募ガイド12月号の特集「文章力がぐ~んと伸びる! 文才ドリル」では、直木賞作家の北村薫さんにご登場いただきました。
誌面に入りきらなかったインタビューをご紹介します。
北村先生インタビュー
――北村先生は「日常の謎」という独創的なジャンルを開拓されています。他のジャンルではなく、なぜ「日常の謎」にされたのでしょうか。
北村先生:読む側としては不自然なものも受け入れますが、書くとなると常識が働いて、「連続殺人? 不自然だろう」と思う。それでリアリティーのある物語を求めた結果、自然に「日常の謎」のような形になりました。表現者には自分に合った表現というものがあり、私の場合は「日常の謎」という形が合っていたということだと思います。
――北村先生は文学賞の選考委員もされていますが、受賞するためには何がもっとも必要でしょうか。
北村先生:やはり一番必要なのは個性です。マニュアルに従っているだけでは、みんな同じになってしまいます。文学賞なんかでヒット作と似た傾向の作品が集まることがありますが、誰かに似ているようじゃだめ。いかに人とは違うものを書くかです。
最終選考まで残り、「松本清張の並の作品ぐらいの力はあるんだ」と言っても、松本清張の並の作品はいらないんですよ。もうあるんだから。毎回、1次選考で落とされるようなら、そのあたりも考えたほうがいいです。
――実体験をベースに書こうとして、書きにくいときはどうすればいいですか。
北村先生:時代や設定を変えるという手もあります。芥川龍之介の『羅生門』でも、現代が舞台では書きにくかった。そこで時代を変えた。江戸時代やもっと前の時代は非常に命が安い時代で、天災などがあれば死体をまたいでいくことも不自然ではありません。
――時代を変えることで、書けることもあるのですね。
北村先生:ただし、時代小説の場合、時代考証というハードルもあります。有名な話ですが、ある時代小説作家もまだ未熟な頃、主人公がちゃぶ台で食事をする場面を書いて失敗した。江戸時代はちゃぶ台なんかで食べません、箱膳です。そうしたことを調べるのは面倒なことのように思いますが、書くために必要なことを調べ、自分の小説世界が立ち上がっていくことは楽しいことです。
インタビューを終えて(編集後記)
謎は、どこにでもある!日常生活にもある!
北村薫さんと言えば、「日常の謎」の書き手としてその名が知られています。
連続殺人のような非日常の謎ではなく、身近なところにある謎です。
最近、テレビドラマを観ていたら、以下のような場面がありました。
母親がアイスの袋と棒を指し、
「このゴミ、分別しないで捨てたのは誰?」
と聞きます。謎ですね。
聞かれた息子が犯人探しをします。しかし、犯人は誰でもありません。
実は、一週間前、当の息子がアイスを食べ、袋と棒をテーブルの上に置いたのですが、母親はアイスの袋と棒があることに気づかずにその上に新聞を置き、一週間分たまったところで資源ゴミとして廃棄した。
かくて、一週間ぶりにアイスの袋と棒がテーブルの上に出現したというわけです。
テーブルマジックみたいですね。これが「日常の謎」です。
謎を見つけ、答えを知ると、人生はとても豊かになる
北村薫さんは、NHKの番組「課外授業~ようこそ先輩~」に出演されたことがあります。著名人や話題の人が母校を訪問し、先生役として授業をする番組です。
このときの模様は、『北村薫の創作表現講義』(新潮選書)にも書かれています。北村先生は番組の中で、子どもたちと町を歩き、「はてな」を探します。
先生が生まれ育った町には古利根川が流れていて、川向うに何本かの高い木が列を作っています。手前は住宅街で、反対側は田んぼです。
そこで、先生は聞きます。
「同じ間隔で生えているんだから人が植えたんだね。でも、なんのために植えたんだろう」
子どもたちはいろいろ考えます。
「お花見のため」「防風林」などなど。
教室に戻ると、先生は新潟に残る「ハザ木」の写真を見せます。ハザ木は、並木を作り、その間に横木や竹を渡し、稲を掛けて干す設備のこと。
先生は、先ほど見た並木はハザ木の名残だろうと推理します。
正解かどうかはわかりません。しかし、先生は、
「大事なのは、そんな風に、《はては》と思う気持ちを持つことだと思う」と言います。
今度は私自身の話ですが、つい先日、こんな文章を読みました。
〈森を歩いていると、小鳥が寄ってきて、私が持つ枝の先に乗りました。〉
そんなことがあるだろうかと思いました。小鳥は人を警戒し、すぐに逃げるのが普通ではないか。作り話ではないかと。
そこでインターネットで「人懐っこい鳥」で検索してみると、
「ヤマガラはとても人懐っこく、野生の鳥でも手乗りになったりします」
おお、そんな鳥がいるのね。疑った無知な私を許してねと思いつつ、「でも、ヤマガラってどんな鳥?」と思い、今度は図鑑を調べてみました。
スズメ目シジュウカラ科の鳥で、留鳥(渡り鳥ではない)だとわかりました。
シジュウカラ、アオガラ、ヒガラ、コガラなど「カラ」とつく鳥はみんな仲間です。
知ってしまうと、公園を歩いていても、「あれはヤマガラかなあ」なんて見てしまいますね。
興味の対象が1つ増えました。
本を読むことは、ほんと、しあわせ!
謎は、本の中にもたくさんあります。
ある本を読んで、それまで知らなかった世界を知ってわくわくしたり、
なぜこんな事件が起きてしまったのだろうと疑問に思ったり。
前者の場合は、同じ作家の別の本を読んでみたくなりますし、
後者の場合は、別の本でさらに謎に迫ってみたくなります。
このようにして、謎が謎を呼び、読みたい本がどんどん増えてきます。
それにつれて知識も増え、ものの見方も変わり、何も知らなかったときより、遙かに豊かな生活になります。
北村薫さんの新刊は『本としあわせ』ですが、本を読むこと、そしてそれがもたらす豊かな人生は、「ほんと、しあわせ」です。
ちなみに、『本としあわせ』には、北村先生が朗読されたCDがついています。
自作エッセイ「さばのみそ煮」「白い本」を朗読したものです。
講演会にでも行かないと声まではなかなか聞けません。
北村先生は、かつては高校の国語科の教員でしたが、教卓で先生が朗読する姿を想像しつつ、生徒になったつもりで聞くと、先生を身近に感じられるかもしれません。
先生は、どんなお声でしょう。
それは皆さんへの謎としてとっておきましょう。
北村薫(直木賞作家) きたむら・かおる
1949年埼玉県生まれ。89年『空飛ぶ馬』でデビュー。91年『夜の蝉』で日本推理作家協会賞受賞。06年『ニッポン硬貨の謎』で本格ミステリ大賞(評論・研究部門)、09年『鷺と雪』で直木賞受賞。小説、評論、エッセイおよび創作表現や編集等の著書多数。