第32回「小説でもどうぞ」選外佳作 面接 村木志乃介
第32回結果発表
課 題
選択
※応募数306編
選外佳作
面接 村木志乃介
面接 村木志乃介
「キミが学生時代に取り組んだことを聞かせてくれ」
「はい。様々な業種を体験したいと考え、アルバイトの掛け持ちをしてきました」
面接官の質問に用意していた言葉を口にする。実際は遊ぶ金がほしかったからだ。
「とくにためになったと感じる業種とそのとき培ったものを聞かせてもらえるかな」
面接官は一人。スクエアタイプの細いフレームで黒々とした毛髪をオールバックに整え、できる男のオーラを醸し出している。第一志望のローカル新聞社の面談室で、僕は一次面接に臨んでいる。
「ためになった業種は飲み屋のボーイです。この仕事を通して培ったものは……」
ここで本当のことを話せばどうなるだろうか。酔っ払いのオヤジどもは帰り際、たいていトイレに入る。その隙にテーブルを片付けながらアウターやカバンを探って財布から札を抜き取る。もちろんホステスに気づかれないように。まるで手品師のような器用さを培った。もちろん言えるはずもない。
「聞く力です。これから発信していく立場として情報収集する上でもっとも必要になるはずの聞く力を培ったと思います」
記事を作るには聞く力が必要になるはず。僕は用意していた回答をスラスラとならべる。飲み屋の名前も正直に告げた。
「取材は足を使って聞く力が必要になる。それと新聞記者は一度見た顔は忘れない。キミもボーイの仕事をしていたからわかるだろう。そのことが大事だということを」
「おっしゃる通りです。お客様の話を耳にして、お顔を拝見し、次にまた来店したとき、お客様がどういう嗜好の持ち主なのか、すべて把握していました。そうした経験も御社で活かされると思います」
「うーん。なんだかなぁ。型にはまった答えなんだよなぁ」
面接官がぼやきはじめた。これはまずい。少なからず動揺していると彼はこう言った。
「聞くけど。もしキミが新聞記者になったら面白いネタを書くために捏造しても仕方ないと割り切る? それとも捏造は絶対ダメだからってやらない? どっち?」
いきなりの二択。これは想定外だ。肝を冷やしながら脳をフル回転させる。
ふつうに考えたらダメに決まっている。あとからバレたら訴訟だってあるんだ。だけどこれは面接。突飛なことを言うことで面接官の印象に残るかもしれない。
「捏造もありです」
「ほう」
面接官の細い目が見開く。フレームを押し上げ、さらに質問してきた。
「新聞記者にとってスクープはお宝。ある意味、ギャンブル。もしも大きなスクープなら持ち帰って多少の色をつけてもいいと?」
「はい」
即答する。
「なるほど。キミの思考がわかってきたよ。ここから先の質問は嘘だとわかった時点で即落とす。そう思ってもらっていい」
眼鏡の奥の目がギラリと光った。いったいどんな質問がくるか身構える。
「キミが働いていた飲み屋に行くと、翌朝、なぜか財布の中身が払った以上に減っていたという噂がある。そんな噂があることをキミは知っていた? それとも知らない?」
まさに心臓を掴まれるような質問だった。なんだこれは尋問か。
「知っていました」
震えそうになる声を抑える。嘘はつけない。脳内でアラートが鳴った。
「つまり、噂ではないと認めるんだね」
「はい」
「客が帰り際、トイレに立った隙に店員が財布に手を伸ばしていた。事実か。デマか」
「じ、事実です」
終わった。きっとこの面接官は店に来たことがあるんだ。そして、僕から札を抜かれた。つまり、これは僕の罪を暴くための質問だ。
「その店員とは、ママ? それとも女の子?」
ん? まだバレてない? 選択肢に解答がないことにむしろ戸惑う。どちらとも答えられない。
「答えられないみたいだね」
しまった。答えられないことこそが答えじゃないか。僕は自分の迂闊さを呪う。こうなったら素直に詫びよう。どうなるかわからないけど。
唇を舐め、口を開こうとしたそのときだ。面接官が手を叩いた。硬い表情を貼りつけていた顔が一転、笑顔に変わる。
「アルバイトの身でありながら店を守ろうとする意気込みに感じ入ったよ。私はあの店には行ったことがないが、きっとキミは誠実に仕事をこなしていたんだろう。おめでとう。一次面接は合格だ。この先の面接もいまみたいにうまく切り抜けろ」
沈黙は金という言葉を思い出す。使い方は違うんだろうけど、なにも言えずにいたことで、とりあえずこの場を乗り切れたみたいだ。ホッと胸を撫でおろす。
退室しようと面接官に背を向けたとき、面接官がぼそりとつぶやくのが聞こえた。
「次の面接官は店に行ったことのある客。例の噂にくわしい人事部長だ」
新聞記者は一度見た顔は忘れない。面接官が最初に話した言葉が甦る。店の名前も告げてある。たとえアルバイトの話をしなくとも、この面接内容を記録した資料に目を通せば思い出すだろう。あの店のボーイがテーブル回りの片付けを念入りにしていたということを。
次の面接を、うまく切り抜ける選択肢はもう僕にはなかった。
(了)