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第33回「小説でもどうぞ」最優秀賞 さよならガルシアマルケス 大中博篤

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第33回結果発表
課題

不適切

※応募数275編
さよならガルシアマルケス 
大中博篤

 第四次世界大戦後、我が国はラテン文学を国文学に制定し、それ以外の舶来文学を皆不適切認定し迫害することにした。
 今では老いも若きも男女の区別なく、国唯一の娯楽としてラテン文学を読み漁る日々に明け暮れている。
 中でも人気なのがガルシアマルケスで、どの家庭にもどの家にだって、神棚のあたりを見渡せばガルシアマルケス全集が置いてあることは皆様ご存じだろう。
 そんな中、僕はガルシアマルケス全集をもっていない。いや、僕だけがガルシアマルケス全集を持っていないと言いきってもいい。
 もちろんそんなことをしていると人々の会話についていけなくなっていく。かつて付き合っていた彼女にガルシアマルケスの族長の秋を知らなかったことで振られたことだってある。
 しかし僕にはラテン文学を読まない、買わない確固たる理由がある。それは僕がラテン文学、特に『百年の孤独』を所有しているとなぜか必ず頭に落ちてくるからだ。もちろん、それはラテン文学成立の背景の歴史の重みがして非常に痛い。そういう訳で僕の家には一冊のラテン文学だって存在していない。
 そんなことを言ってのんきに暮らしていたわけだが、政府の新しい法案が通り、ガルシアマルケス全集を持っていない人間は強制収容所に送られることになってしまった。
 強制収容所では「魔術的リアリズム」を実際に体験するために実際に薬物を投与されて見える世界を魔術的にさせられてしまうとのうわさもある。
 これまで僕はうまくやってきた。『百年の孤独』のスケール感について語られても、僕は焼酎の名前と聞き間違えるという鉄板ジョークでその場をしのいできたのだ。
 しかしそれももう終わりだ。今度、文化庁ガルシアマルケス調査委員会が全家庭のガルシアマルケス全集購入記録を調査し、それに基づいてまだガルシアマルケス全集を買っていない家庭に「最終勧告」通知を送付した。それに返答しない人間はラテン文学再教育施設に送られるとのことだ。
 うかつなことに僕はその通知書を未納の電気料金の通知書と一緒に捨ててしまった。無意識に僕は破滅を望んでいるのかもしれない。まぁ多分本当にうっかりしていただけだが。
 おしまいだ。僕はこのままだと強制収容所に送られ、そこで薬物を摂取させられながらガルシアマルケスやボルヘスを読まされて、一生魔術的リアリズムが世界文学に与えた影響についてレポートを書かされる人生をおくらなければいけないのだ。
 そうしてその晩、僕が泣きながらいつものバーでえびすびーるをあおっていると(ここのバーは少しおしゃれで、例えば文字盤が漢数字じゃなくアラビア数字の文字盤の時計を飾っていたりする。そのせいで公安の監視対象になっているとのうわさもある)一人の女性が僕に近づいてきた。スリットの深いワンピースからはすらりとした脚が見えており、一般的に言って蠱惑こわく的といっていい風体の美女であった。
 彼女は僕の隣に腰掛けるなりこう言った。
「ねぇ……チャンドラーはお好き?」
 僕はびくっとする。
「おい、それは敵性文学だぞ、外でアメリカ文学の名前を口にするなんて……」
 しーっ、指を口に手を当て彼女はこういう
「あなたもその口でしょ?」
 まぁ僕もその口だ。そもそもブコウスキーとかカポーティとかケルアックが昔から好きだし、それになにより……ラテン文学は重苦しく難しい。難しいのは好きじゃない。本当はポップコーンとコーラを用意して新作のスパイダーマンvs ミッキーマウスvs エイリアンをダークウェブに潜り込んで見ていたいのだ。
「君、このままラテン文学再教育施設に放り込まれたくないでしょ?」
「なんでそのことを知っているんだ!」
「世の中はあなたが思っている以上に穴だらけなのよ、それでどうなの?」
 まぁそれは嫌だけど……僕は口ごもる。確かに再教育施設はまっぴらごめんだ。でもこんな胡散うさん臭い話に乗っかる筋合いもない。大体、僕はまだ彼女の名前だって知らないのだ。
「うちの組織に来ない? 私たちは反政府を掲げるレジスタンスとして地下で活動しているの。もし来ていただけるのなら……本当のハリウッド映画を大スクリーンで見せてあげるわ」
 AI作成じゃない生のハリウッド映画だって! 僕の心は一気に傾いた。まぁそれにこのままだと僕は電気料金と家賃と水道料金の未払いによって破産する予定だし、いまさら怖いものもない。
「お受けするよ、それでどうすれば」と僕は答える。
「大丈夫よ、次に目覚めればいいの」彼女は怪しく笑う。
 何を言っているんだ?と思っている間もなく深い深い眠りに僕はいざなわれる。なんてこった、彼女はいつの間にやら僕の飲み物に一服盛っていたらしい。
 そして目覚めるとギークなプログラマーに陽気な黒人が待ち受ける秘密基地で僕は目覚めることになる。
 あと僕たちは帝国純文学鉄器団が放つ太宰治や志賀直哉のクローン兵士と戦ったり、与謝野晶子のクローンと敵味方の垣根を超えた大恋愛をすることになるのだが、その話はまぁあとでいいだろう。
 とりあえず僕は地下室の大スクリーンの前でコーラを飲みながら新作のマーベル映画を見ることで忙しいのでね。