第33回「小説でもどうぞ」佳作 不適切な民族 白浜釘之
第33回結果発表
課 題
不適切
※応募数275編
不適切な民族
白浜釘之
白浜釘之
これだけ開発が進んでも、世界にはまだまだその存在を知られていない文化というものはまだあるらしい。
今日はそのうちの一つの文化……あるいは文明と呼んでも差し支えないかもしれないが……についてフィールドワークを行ってきた研究者が、その研究の発表を行うとのことでこうして我々、様々な分野の専門家が集められたというわけなのだ。
「まだ未発見の文化なんて果たして存在するのかねぇ」
我々が内心思っている疑問を、私の隣に座っている社会学者が口にする。
「どうせ我々の援助資金目当てのインチキヤラセ原始文明なんじゃないの?」
シニカルを売りにしてメディアで売れっ子になった彼らしく片頬を歪めて見せる。
「まあまあ、とりあえず話だけでも聞いてみる価値はあるんじゃないですか? 我々学者はあくまでフラットな態度で研究対象に対峙しなきゃいけないでしょう?」
と、こちらはにこやかで温和な語り口で人気のある動物学者が取りなす。
「さて皆さん」
マイクを通して今日の主役である民俗学者の声が会場に響き渡る。
「今日は私の研究成果の発表の場にお越しいただきありがとうございます」
いきなり会場全体が暗くなり、正面のスクリーンに映像が映し出される。
「それでは、早速私の研究成果を見ていただこうと思います」
彼の説明に従って映像が流れ始めた。
「これだけ世界の全てについての情報が網羅された現代においても、まだ未知の存在と言える民族が存在している、と言えば皆さんは驚かれるでしょう」
彼の言葉に合わせてその民族が生息している場所が表示される。
「なるほど確かに辺境ではあるな……」
近くの席で歴史学者が呟いた。
「しかし、こんな辺境に住んでいる、文化的な民族などいるのだろうか」
「ここに生息しているのが彼らです」
画面には件の民族とやらが映し出された。
見た目は我々とそんなに変わらない、いたって普通に感じられる。会場に失望のため息が広がる。
「なんだ、どこにでもいるタイプだな」
「しかし彼らの装束には明確なジェンダーによる違いがあるぞ」
歴史学者の嘆息を服飾研究家の言葉が覆す。
「そうです。彼らはいまだに雌雄による役割分担をしているのです」
服飾研究家の言葉を裏付けるように、映像では様々な性差による役割分担の違いが映し出され、研究者がそれを解説するたびに会場からは驚愕のどよめきが起こる。
さらに彼らの食事の様子が映し出され、料理と称するものが紹介されるとさらに会場のどよめきは大きくなり、中にはあからさまに非難の声を上げるものも現れるようになった。
しかし、研究者はその声を無視してさらに映像を流し続ける。
「そして、彼らが他の民族とわずかな土地や食糧をめぐって起こす争いの様子です」
画面には凄惨な殺し合いの場面が映し出される。その画面から目思わずを逸らしながら、
「……これは同士討ちではないのか?」
動物学者が訊ねる。
「いえ、彼らにとって相手は確かに『異民族』なのです。我々から見れば明らかに同じ民族同士なのですがね」
研究者はなかば呆れたように画面に映し出されている未開の民族を指し示す。
「そんな彼らですが、最近になって我々の世界に交流を図るべく様々なものを開発しています。たとえばこれがそうです」
画面には稚拙ではあるが宇宙空間を飛行できる装置が映し出されていた。
「信じられん! こんな野蛮な民族が独学でここまで進化できるなんて」
歴史学者が呟く。「さて、私が提起したい問題は、やがて我々に接触してくるであろうこの民族の処置についてどうするかということなのですが……」
「どうするも何も、一刻も早く滅ぼす以外にあり得ないだろう」
温厚な動物学者の絶叫に全員が異議なしとの声を上げる。星間物理学を専攻する私も、早速件の星……天の川銀河の辺境にある太陽系第三惑星に対しガンマ線バーストを向ける研究を進めることとした。
ちなみにこの研究者は、件の映像を銀河ネットワークをはじめとする様々なメディアに持ち込んだが、性差によって差別があったり、他の生物を殺した上に味付けして食べたり、同じ種族同士が殺し合うなどの場面が「著しく不適切である」として採用されなかったとのことだ。至極当然のことと言えるだろう。
(了)