第33回「小説でもどうぞ」佳作 不適説 酒井一樹
第33回結果発表
課 題
不適切
※応募数275編
不適説
酒井一樹
酒井一樹
わたしは昔から、不適切な人間だとみなされてきた。
静かにすべき場所では騒ぎ出し、大事にすべきものはなくしてしまう。注意欠陥といえばそれまでだが、わたしの場合は不適切なタイミングで、常に取り返しのつかないことをしてしまうのだった。
一番の事件は、母のお葬式。お父さんや親戚の人たちがシクシクと哀しむ中、わたしはお坊さんのお経をあげる声がミッキーマウスのように甲高いことに我慢できず、式中にゲラゲラ笑い出してしまった。あのときの、みんながわたしを見る目は忘れられない。普段わたしの挙動を個性的だと褒めてくれる叔母でさえ、そのときは虫ケラを見る目でわたしを見ていた。わたしにとっては母を亡くした哀しみと、お坊さんの声がミッキーマウスであることのおかしみは、自然に併存した感情だった。笑い声を上げているとき、わたしの両目は涙でいっぱいだった。でももちろん、誰もそんなことには気がつかない。
注意欠陥にはADHDという呼称がある。それではわたしのこうした挙動にも、すでになにかしらの名前が存在するのではないか?
ネットで検索してみると、すぐに『不適説』というワードを紹介した記事にヒットした。内容を見ると、どうやらわたしに似た問題を抱えた人々が、世間には一定数存在するらしい。記事によると、その不適切な言動は本人によるものではなく、空に住まう見えない『不適者』なる存在によってコントロールされていて、物事が最も不適切になるタイミングを見計らい、意図的に発生させられているということだった。報告事例を現在も精査中だが、そのような超常現象のことを、界隈では『不適説』と呼んでいるのだという。
わたしはその記事を読んで、心の底からホッとした。これからは自分の言動について、必要以上に
それ以来、わたしは誰かに不適切さを指摘されると、堂々と反論できるようになった。
「不適説という言説をご存知ですか?」
説明すると、誰もが黙り込む。
「そうなんだ」
「大変だね」
「お大事に」
説の効果は絶大だった。話のさわりを聞いただけで、誰もが即座に議論をやめる。かつてはわたしが誠心誠意説明しても、彼らの怒りは決して収まらなかったのに。
気を良くしたわたしはタイキにその説を教えてあげた。同じ学校に通う幼馴染みのタイキは、わたしと同じく不適切行動を繰り返す問題児だった。
「タイキ、耳寄りなニュースだよ。この記事を見て」
わたしのかざした携帯の画面をチラッと眺めると、タイキはため息をつき、机の上に伏せた。
「タイキ、ちゃんと読んでよ。わたしたちのこれまでの不適切な言動は、不適者によってコントロールされたものだったの」
タイキは机にうつ伏せたまま、ボリボリと後頭部を掻いている。
「陰謀論だよ、それ」
「インボウロン?」
わたしは彼の言った言葉の意味が理解できず、携帯の画面を覗き込んだまま固まった。
「誰かが作った夢物語。不適者なんているわけないじゃん、神様じゃあるまいし。もし仮に神だとしたら、もう少し適切な力を使ってほしいよな」
確かにそのとおりだと思ったが、神には神なりの事情があるのだろう。
「わたしはいると思うなあ、不適者。これまでのわたしたちの不適切行動は、きっと不適者の
わたしが窓の外を見上げてそう言うと、タイキは少し気まずそうに声をひそめて呟いた。
「その記事、書いたの、俺なんだよ」
「え?」
「昔から、自分が理不尽に怒られることに耐えられなくてさ。わざとじゃないのに、なんでいつもこうなるんだろうって。誰かがいろんなタイミングを合わせて、計画的にそうしてるんじゃないかって、自分の気持ちを昇華するためにそれを書いたんだ。そしたら自分の不適切さに悩んでるやつが、世間にはよほどいるのか、あっという間にバズっちゃってさ。検索するとすぐにその記事が出てくるんだ。おまえに見つかる前に、消しときゃよかったな」
タイキは少し照れたようにそう言ったが、わたしの怒りはもう止められなかった。
「なぜ、そんなぬか喜びさせるようなことを書くの? なんで、それをそのまま放置しているの? バズるくらい苦しんでいる人たちがたくさんいるのに、どうして嘘の説をばら撒いたままでいられるの? なぜ、そんな不適切なことができるの?」
涙を拭いながら顔を上げると、いつの間にか教室の本鈴は鳴り終えて、席についたみんながわたしたちを見ていた。
「また、おまえたちか……」
先生の憐れみの視線を避けながら、わたしはカーテンの外の空を見上げて、雲の上で粛々と不適説を執り行う不適者を睨んだ。
(了)