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第33回「小説でもどうぞ」選外佳作 旅人 渡鳥うき

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第33回結果発表
課 題

不適切

※応募数275編
選外佳作 

旅人 
渡鳥うき

 さあ旅に出るぞ。一年前から計画していた念願の旅に。期間は一ヶ月。夏休みと有給を目一杯使っての大陸横断。
 頑丈なバックパックも買ったし、パスポートも取得した。荷物は持ち運びできる最低限のもののみ。着替えに洗面用具。サンダル。暇潰しの本。胃薬と解熱剤。カメラにメモ帳。現金。
 平凡極まりない人生を送ってきた。大学を卒業したあとは壁紙と床材のメーカーに就職し、無遅刻無欠席のまま四年間過ごした。自他共に認める真面目な社員だったと思う。だから僕が単身でユーラシア大陸横断の旅に出ると課長に告げると、えらく驚かれた。同僚も先輩も同様で、別に会社を辞める訳ではないのに、旅費としてカンパもくれた。
 それをリュックの底に入れた。本当に困った時にだけ使うためと。僕がこんな一念発起を起こしたのは、今から三十年以上前に出版された全六冊に及ぶ、ベストセラーになった紀行文を読んだからだ。彼は二十六歳の時に香港からロンドンまで乗り合いバスを繋いでユーラシア大陸を横断した。その本に影響受けまくった。しかも二十五歳で出会ってしまった。それがいけなかった。あと一年あると思った時から心で準備を始めていた。毎晩ごと読んで気持ちを高め、課長に言う時は最高だった。
 両親や弟もびっくりしてたが「頑張って」と背中を押してくれた。見送られると恥ずかしいから飛行機の時間は誰にも教えなかったのに、スマホには次々メッセージが送られてきた。優しい言葉に涙ぐむ。返す返事はひとつだけ。
『行ってきます!』
 そうしてずっと夢だった三十日間に及ぶ大陸横断に出発した。さあこれから様々な人に出会って、トラブルに見舞われたりしながら、自然や偶然に感謝して男として成長するのだとわくわくした。スタート地点に選んだのはもちろん香港。享楽と色彩と怪しげな空気が漂う町。犯罪の香りもちらちら……。少々の危険なら大歓迎。ハプニングやアクシデントこそが旅の醍醐味。日本で暮らしてたら遭遇しない非日常を体験してみたかった。
 しかし空港からシャトルバスに乗り込んだ僕は、まず香港の都会の景色に圧倒された。100万ドルの夜景と昔から呼ばれてはいたが、周りを囲む高層ビル群は東京となんら変わらない。むしろもっと近代的。女の子はみんな綺麗で、どこもかしこもお洒落な店ばかり。外国人の旅行者だらけ。僕みたいな奴はゴロゴロいて、異邦人の孤独など全くなかった。
 行き当たりばったりの、現地の状況で判断するつもりだったので、敢えて宿を予約していかなかった。夏だし、野宿でもいい。人生初だとドキドキしていたが、たまたま入った屋台で隣の席にいた男性二人組の日本人と話が弾んだ。
「よかったら部屋で飲み直しませんか」
 誘われて部屋に行った。これはもしやベロベロに飲まされて財布が盗まれたりするアレか。まあそれもいい。最初のエピソードだ。そうして呼ばれた部屋は5つ星ホテルのロイヤルスイート。黄金色のインテリアにふかふかのソファーとベッド。酒はドンペリにナポレオン。二人は高級飲食店の共同経営者で、超お金持ちだったのだ。
 当然翌朝、僕の荷物はそのままあって、フェラーリシューティングブレークで香港を連日案内してもらい、次の目的地のラオスの国境まで僕を送り届け、何かあったら連絡下さいよとアドレスも教えてくれた。
 予定外の贅沢をしてしまったと悔やみつつ入ったラオスは想像通りの東南アジアらしい町だった。歴史ある寺院や寝転がる仏像。地べたに広げるマーケット。やかましく隣接する屋台。
 おお。いいぞいいぞ。ようやっと異国に来た感じがする。雑多な雰囲気はあるけど治安は悪くなさそうだし、今日こそ野宿してみようか。寺の側なら比較的安全だろう。だが直前に母親から『危ないからダメ。ホテル予約したよ』と連絡が来た。なんだよ勝手にと思いつつもその晩はホテルに泊まったが、次のタイでは意地になって野宿をした。すると嘘みたいにリュックが盗まれた。
 おお来た! わざと困ったようにネットに書き込んだ。すると現地にいた見知らぬ日本人から続々心配する連絡が殺到し、どんなリュックか問われて答えると、みんなが探してくれ、たった三時間で戻ってきた。財布は盗まれていたが、パスポートとカンパは無事だった。その報告もすると『ご飯おごります』とDMが来て、優しいカップルにパッタイをごちそうになったりした。
 結局スマホがあるおかげで、どこに行っても困らない。もう使わないと決めてインドに入国したが、ITの発達の目覚ましい国のため、バザールもバスもスマホ決済。使わずして通り抜けられなかった。
 どこも情報過多で、誰とでもすぐに繋がってしまう。翻訳もすんなりで伝達も困らない。あの作者が旅をした不便と異世界を体験する五十年前とは何もかもが違ってる。リスクを回避する一人旅には適していても、男が冒険して人生観を変えるにはもう不適切な時代なのだった。
(了)