第10回W選考委員版「小説でもどうぞ」最優秀賞 さだめ 味噌醤一郎
第10回結果発表
課 題
さだめ
※応募数276編
さだめ
味噌醤一郎
味噌醤一郎
よく晴れた五月十五日の昼過ぎ、ゴギ・グガは、「ヴィクトリーレコード」の最上階にある来賓室で、企画本部長であるアマノを前に鼻を鳴らしました。
「御社ではCDは出せないと」
「こういうお話は下から上がってくるのが普通です。こんなトップダウン式なんて」
「私が作った楽曲はお聴きになりましたか」
「一応はね。なんですか、これ。『さだめ』」
「あなた方にとってさだめ、とはどういうものですか。アマノさん」
「え? あ、まあ、運命のことですよね。女のさだめ、とか、二人は戦うさだめだったとか」
「ですね、あなた方にとってはフィクションの上の言葉ですよね。では、私たちにとってさだめとはどんなものだとお考えですか」
黙ったアマノに、ゴギ・グガは言いました。
「歌詞にある通りです。私たちにとってさだめとは、ヒトの栄養となるべく食肉になること」
「……はい」
「私たちは長い間、その立場に甘んじてきた。それをさだめと代々生きてきた。成長しても泣きながら
「ええ」
「でも、せっかく与えられた命が屠殺によって終わる、その悲しみを少しだけでもヒトに知ってもらいたかった。文句が言いたいわけではありません。知ってもらえればいい。それで、私はこの曲を作り、自ら歌いました。ぜひCDとして発売していただきたい」
「無理です」
「なぜ」
「だって。豚なんぞの気持ちを歌ったCDをどんなやつが買うんですか」
そのとき、階下から爆発音が響きました。
無線を通じ二者の会話に耳を澄ませていた武装豚が、
長い長い時間、ヒトの家畜としてケージや柵の中で暮らしていた豚でしたが、その間に彼らは独自の進化を遂げました。五本指のあるもの、二足歩行できるもの、ヒトの言葉を解するもの、学習能力が並外れて優れているもの、そういった突然変異種が優先的に子を残したため、驚くべきスピードで豚は進化したのでした。しかし、そんな豚でしたが、ヒトとは明らかに違う一点が、さだめ、の存在でした。豚たちは
ところがその日、すべてが変わったのです。
豚たちは食肉となることを断固拒否するべく蜂起しました。警察と自衛隊は、すでに他の豚たちが押さえていました。ゴギ・グガが指揮を執る「ヴィクトリーレコード」はまさしく私たち豚の勝利の象徴となったのです。
私はここまでを一気に話すと、子豚たちが席についている教室を見回した。
「これが六十三年前の今日、起こったことです。皆さんご存じの通り、これが世界中で豚が蜂起した発端です。今日『豚権記念日』の五月十五日には毎年、このお話を先生が皆さんに聞かせることになっています。ひとまず、ゴギ・グガ初代大統領に手を合わせましょうか」
子豚たちは立ち上がり、黒板の上の肖像画に手を合わせた。二足歩行、五本の指、言語能力、どれも昔は私たち豚に備わっていなかったと思うと、驚きではある。衣類は着ない。その分、ヒトが支配していた頃よりエコだ。
「はい。じゃ、皆さん着席。さてと、今日は何をする日でしょうか」
「お部屋を飾り付けてパーティーです」
ググちゃんが答えた。
「そんなの決まってんじゃん。肉を食う」
ゲゴ君だ。そうだよね、ご飯が楽しみ。
「皆さん、どんなお料理が好き?」
カツレツ、生姜焼き、しゃぶしゃぶ、レバニラ、角煮、肉じゃが。どんどん出てくる。
ゲゴ君、ひときわ大きな声で。
「五月十五日は、アマノ焼きを食う日だぜ!」
そうだね。アマノ焼きは、ゴギ・グガが勝利を祝って振る舞ったのが始まり。ゴギ・グガが自らアマノの肉をミンチにし、パン粉を混ぜ、フライパンで焼いてご馳走したのだ。
「あの、先生。質問です」
ググちゃんが手を挙げている。
「はい。ググちゃん」
「あの、私たちこんな風に普通にヒトのお肉食べてるけど、ヒトも殺されるとき、涙を流すって聞いたことがあります。なんかかわいそう」
「そうね。ググちゃん、やさしい。でもね。私たちがヒトの食肉だった頃、そんな風に考えるヒトは少数だった。だからね、気にしないでいいと思います。それより食事を楽しみましょう。お肉になるのはヒトのさだめなんです」
(了)