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第42回「小説でもどうぞ」選外佳作 手ざわり タカハシリエ

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小説・シナリオ
小説
小説でもどうぞ
第42回結果発表
課 題

手紙

※応募数385編
選外佳作 

手ざわり 
タカハシリエ

 私は、私立女子大学の教授だ。前任の国立大学でのフランス文学の研究成果が認められ、また新聞や週刊誌に掲載されたエッセイも好評で、このたび、これ以上望むものはないほどの条件で女子大学の教授となった。

 妻とは大学のフランス文学サークルで出会い、結婚した。基本的に妻は家にいるが、空いた時間でフランス語の翻訳の仕事をしている。二人の娘も大学生になった。美しく洗練された妻、素敵な夫。私たちは憧れの夫婦だとよく言われる。

 上質なものに囲まれて何不自由のない暮らし。そんな私に悩みなどあるはずがなかった……。しかし、女子大学の教授となり、国立大学とは違う雰囲気の女子大生たちに日々接していると、こう、なんというか、その魅力に抵抗することが難しくなってしまった。

 誤解しないでほしいが、私は大人の女性を愛している。成熟した女性は、香り高いコニャックや熟成したチーズのように魅惑的だ。しかし、天然のフルーツトマトはみずみずしくて素朴な味わいがある。そして、私立の女子大生には、そのフルーツトマトを蜂蜜で優しくマリネしたようなほの甘いツヤがあるのだ。

 モエは、講義が終わってからも熱心にいろいろと質問をしてきたので、時間をとって説明をしたり資料を渡したりしているうちに、二人で食事に行くようになった。まだ早い午後の時間に気楽なフレンチバルで食べて飲んで話しをしていると、考えの違いが刺激になって楽しいし、何より少し酔ってキラキラと輝き出すモエの顔を見ていると、どうしても味見をしたくなってしまう。

 ついに私は思い切って、シンポジウムへ出席するための一泊の出張に一緒に来ないかとモエを誘ってみた。するとモエは口を少し尖らせてこう言った。
「そんなに簡単に誘っちゃイヤです。もっと想いのつまった……、そう! 手紙を書いてください。私をイメージして便箋を選んで、私を思いながら文章を書いて欲しい」

 私は、なんと古風で回りくどい、こうやって会って伝えているのに、と言ってモエの小さな手を握ってから腰に手を回したが、モエは、一度でいいから真剣な手書きのラブレターをもらってみたい、今はレトロな方がロマンチックだ、と言って譲らなかった。

 甘酸っぱいトマトを味わえるなら、手紙くらい書いてもいい。だが、しかし、と考える自分もいる。手紙に書くと、私から誘ったことが形として残ってしまう。ただでさえ、モエとのやりとりはメールやテキストメッセージを使わずに口頭で伝えているのに。妻が私のパソコンやスマートフォンを知らないところでチェックしていないとは限らないからだ。

 これは本当に悩ましい問題だ。懇意になった女子大生との火遊びは許されないのだろうか? フランス文学的には許されるだろう。そして、私の妻もフランス文学を愛する大人の女性として大目に見てくれる可能性もないではない。現に、妻も、浮気ではないが、推し活と称して若手俳優の追っかけみたいなことをやっている。全国的に有名な俳優と違って距離が近くて応援のしがいがあるとか言って、地方公演やリサイタルなど泊まりがけで月に二、三回出かけて行くのだ。まあ、妻がやっていることと、私がやろうとしていることは全然違うと言われそうだが。

 ああ、悩ましい。手書きの手紙なんて何年も書いていない。そもそも手書きのラブレターがロマンチックだなんて本当だろうか? 帰ったら久しぶりに家の郵便受けでものぞいてみよう。今どき郵便で手紙を送る人なんていないに違いない。どうせチラシが何枚か入っているくらいだろう。

 私は手紙を書いてみるのもいいねと言ってモエを駅まで送り、日が暮れる前に車を走らせて家に帰った。

 私の予想に反して、郵便受けには一通の手書きの手紙が入っていた。妻宛てだった。淡いグレーの封筒で、綺麗な絵の切手が貼られていた。差出人は書かれていなかった。かすかにエンボス加工が施された上質な紙の上で濃淡のあるインク文字が妙に色っぽい。こんな風に妻に手紙を送ってくる人って誰なんだろう? 妻は今日は女友達たちとランチ会のはずで、話が盛り上がったのかまだ帰っていない。私は玄関の電気をつけて、この手紙は手違いで妻に届かなかったことにしよう、と決めた。

 書斎に上がって、手紙の封を切って便箋を取り出した。封筒とそろいの上質な便箋は折られても弾力があって触り心地がよく、開くといい香りがした。

 ゆきこ様
 先日のミュージカル公演にお越しいただきありがとうございました。最前列におられたゆきこさんのお顔がステージから拝見でき心強かったです。今回の舞台も僕の熱い想いを演技にぶつけました。頂いたウェアを着てこのお手紙を書いています。シルクのなめらかさがゆきこさんの柔らかさを思い出させてくれます。次にお会いできるのが本当に待ち遠しいです。この手紙に愛を込めて。
(了)