第42回「小説でもどうぞ」選外佳作 間際の便り 七積ナツミ


第42回結果発表
課 題
手紙
※応募数385編
選外佳作
間際の便り 七積ナツミ
間際の便り 七積ナツミ
おじいちゃんが亡くなったのは、その年の元旦過ぎ三日だった。一日、二日は親族大勢で賑やかに過ごして、大いに盛り上がっていた。三日の朝、いつもは誰より早く起きているおじいちゃんが起きてこないので母が様子を見に行くと、眠るように亡くなっていた。九十二歳になったばかりだった。いつものベッドに寝ている寝顔のような亡骸は、今にも大欠伸をして起き上がりそうだった。あまりにも呆気なく、正月のどんちゃん騒ぎで盛り上がっていた親族たちは狐に摘まれたような顔で、そのままおじいちゃんの葬儀までを執り行った。元旦初詣にみんなで行った地元の元三大師様は、元日三日に亡くなられたから「元三大師」なのだと初めて知って、おじいちゃんも同じだと、高校生だった私は妙に興奮した。おじいちゃんは九十歳を過ぎていたので、血圧の薬を飲んだり、膝の関節に溜まった水を抜いたり、病院通いは日常だったが、大病することなく過ごしていた。膝や腰が痛いこと、物忘れが酷いことなどを総称して、おじいちゃんは「老人病」と言っていた。老人病の果てに、おじいちゃんは健康に亡くなったのだと、私はとても自然におじいちゃんの死を受け止めることができた。家族や親族のみんなも口には出さないけど、同じように感じていたんじゃないかと思う。
その前の月、十二月のおじいちゃんの誕生日には真冬なのにスイカが食べたいというので、家族で近所のスーパーを何軒か回り、まるまる一個、立派な温室栽培のスイカを見つけて買ってきた。母と私で誕生ケーキの代わりに盛り付け、ロウソクを立てた。おじいちゃんは満足気に、ロウソクの火を吹き消して、ガンガンに暖房を効かせた部屋でこたつに入り、キンキンに冷えたスイカを家族と一緒に頬張った。今思えば、おじいちゃんの願いを叶えてあげられてよかった。ふざけたような誕生祝いが、もうこれからはないのだと思うと、急に寂しさが込み上げた。
おじいちゃんの葬儀が終わり、親族も散り散りに帰っていって、我が家にいつもの日常が戻ってきた頃、私宛てに一通のハガキが届いた。おじいちゃんからの寒中見舞いだった。
「飛鳥くん、元気なことと思います。出かける時は火の元を確認するように。菊次」
「火の元はいつも気をつけて出掛けています。今では毎朝、仏壇の中に収まったおじいちゃんに手を合わせています。飛鳥」
返事を書いてみる気になった。もちろん、このハガキは家から出して、家に戻ってくるだけだ。そのはずだった。
翌日、届いたのは、私が書いたハガキではなく、おじいちゃんからの返信だった。
「それは何より。毎朝のお勤めも
あ!と思った。クロはおじいちゃんが毎朝の習慣で餌をあげていた地域に住み着いている黒猫のことだ。おじいちゃんは誰よりも早く朝四時に目が覚めると、クロに餌と水をあげていた。確かにここ数日、家族の誰もが猫のことまで頭が及ばず、クロの餌やりを怠っていたことに気付いた。翌日、私は目覚まし時計を三個もかけて、四時に起き、勝手口のドアを開くと、恨めしそうにクロが座って待っていた。
「クロに餌をやりました。怖い顔で待っていました。そちらの様子はいかがですか。飛鳥」
またおじいちゃん宛てにハガキを書いた。それにしても、私が出したハガキはどこに届いているのだろう。
「こちらは心配いりません。私はどこでもやっていけますから。君の将来だって何も心配はいらない。大丈夫元気にやるように。菊次」
私はちょうど大学進学を迎える年で、希望校には一つも合格がなかった。これから最後の二次募集に掛けていよいよ受験シーズンの大詰めを迎えるところだった。いつも私を否定せず大丈夫だと背中を押してくれるのはおじいちゃんだった。決まって口癖は「大丈夫元気にやるように」そう言って親指を立てた。そのたびに何が大丈夫なんだよ、と思っていたが、不思議とハガキの言葉は素直に心に沁みて、大丈夫だと信じられる気がした。
「おじいちゃん、ありがとう。元気にやります。さようなら。飛鳥」
そう書いたハガキはそのまんま私の手元に戻ってきて、それ以降、おじいちゃんからの返信はなかった。命日から四十九日を過ぎていた。いつの間にかおじいちゃんからのハガキはどこかに消えて、私のハガキ一通だけが手元に残った。
(了)