第43回「小説でもどうぞ」佳作 ダイエットモニター 大西洋子


第43回結果発表
課 題
依存
※応募数367編

大西洋子
栗の渋皮煮、あるいは栃餅に似た渋みに申しわけ程度の甘味。あまりおいしいとはいえないそれ。
「あれ? かな、痩せた?」
それを取りにロッカーに戻ったら、遅番で出社してきた恵美に声をかけられた。
「うん。ウエスト、ワンサイズさがったの」
「わぁ、いいな、いいな~。ねぇねぇ、何をして痩せたの?」
「う~ん、それはね……」
ロッカーから取り出したばかりのそれを袋ごと手渡す。
「私、副業で食品モニターをしているのだけど、このT大学K教授考案の低糖質フードをおやつがわりにしているの」
「聞いたことがない製造所名ね。一つもらっていい?」
「どうぞ」
それは冬用コートのボタンサイズのクッキー。
「シナモン? それともニッキ? 独特の匂いがするわね」
だけど、原材料名にそのどちらも記載されてはいない。恵美はそれを一つをつまみ口に入れる。とたんに眉と唇がひどく歪んだ。
「何? このえぐ味⁈」
栗の渋皮煮、あるいは栃餅に似た独特のえぐ味に目を白黒させる。
「ごめん、あたしには無理!」
口元を押さえ、お手洗いへと姿を消す。
──普通、そうだよね。私もはじめて食べたときはそうだった。
床に落とされたそれを拾い上げ、更衣室隅のゴミ箱に捨てる。
いにしえの修行僧の食事を元に考案されたもので、「一日に最低一枚食すように」という指示どおり食し、週の終わりにレポートを返信している。
食べ始めて一週間は、とにかくその独特のえぐ味に疲弊し、コーヒーやココアで流し込むのがやっとだった。けれど、半月後には毎日のお通じが整い、ひと月過ぎる頃から高カロリーの食べ物を食べたいと思うことが少なくなり、体重が二キロも落ちていた。
「よくあんなものが食べられるわね」
更衣室に戻ってきた恵美の口紅は、すっかり剥がれてしまっている。
「仕方ないわ。他のモニターに比べたら謝礼がいいからね」
そう桁違いの謝礼。そのお金で今着ている服を購入したのだから。
「どれくらい謝礼もらっているか聞かないけれど、あたしなら、そのモニター、すぐやめてしまうと思うな」
恵美の返答に、私は肩をすくめて返した。
試食モニターをはじめて二ヶ月を迎える頃、試供品の内容物が変更されたのか、あるいは独特の味に舌が慣れてしまったのか。コーヒーやココアで流し込む込むことがなくなり、毎週金曜日に届く試供品を一刻も早く受け取りたくて、配達先を自宅から仕事場近くのコンビニに変更した。そして「十時過ぎに配達しました」の知らせが届くと、昼食の購入に合わせて引き取りに行く。
「かな、さっきは助かったわ」
えっと、私、恵美のなにを助けたっけ? かなが持つカゴの中身をチラリ見、ようやくそれを思い出した。いつもより早く月のモノがきたと言っていたのを。
「困ったときはお互いさまよ」
ハーフサイズのお茶と五目ごはんのおにぎり一つをカゴに入れ、レジに並ぶ。
「かな、お昼それだけ?」
「うん、これだけでお腹いっぱいになっちゃうの」
レジの順番が回ってきた。配達メール画面を見せ、待ち望んでいたそれを受け取る。
「もしかして、モニターしているって話してたやつ?」
「そうだけど」
「まだ続けていたんだ。かな、あたしから見て充分痩せたと思うよ。そろそろそのモニターやめたほうがいいと思うわ」
恵美にはそうだねと返したけれど、三食なにを食べようかと迷うよりも、試供品を早く食べたい。いや、それだけを食べていたい。だけど、なにか忘れているような……。
「ねぇ、かな、痛み止め持ってない?」
翌日、恵美にたずねられて、そのなにかの正体に気づいた。
それは月のモノ。日数も量も少なくなっていることに。来るたびに痛み止めが手放せなかったのに、今は薬を必要としていないことに。
なんだろう。まるで喉に小骨が刺さったような違和感は……。
そうして次の金曜日、いつもの配送のメールがこなかった。
モニター終了だったら、事前にその通知が来るのに。最後の一枚を口に入れながら、袋に貼られた連絡先に問い合わせた。けれど、月曜になっても返事がない。
ああ、あの試供品を食べたい!
何度、製造元に問い合わせても、連絡がつかない。
思いきって、T大学に問い合わせたけれど、K教授なる人物は過去にも在籍していないとの回答が返ってきた。
では、考案者と記されていたT大学K教授はいったい何者?
それよりも、あの試供品が食べたい! 食べたい! 食べたい!
あの試供品に似たものはないかしら。原材料名を打ち込み、検索、検索、検索。仕事そっちのけで検索!
そうしてたどり着いたのは即身仏という単語。その意味を検索しようとしたところで、
「かな!」
恵美が出勤したその姿のまま私の元に駆け寄り、スマホ画面を見せつける。
「──T大学K教授と名乗り、試供品と偽り……」
発送前だと思われる多数の袋。その下のテロップにミイラ化した遺体の文字。
頭が真っ白になる。
「……使用を中止し、かかりつけ医に相談してください」
アナウンサーの声が、どこか遠くから聞こえくるように感じた。
(了)